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2017年 05月 28日

中里介山「大菩薩峠」 読了

d0124388_18222262.jpg「大菩薩峠』20巻を読了しました。 長かったです。
文庫本で20巻、昭和57年版ですから字が小さく、
各巻約440ページです。5ヶ月かかりました。

なぜこれを読む気になったのか。
大菩薩嶺に登りたいと思ったから小説を読んだ
のか、小説で山の名が有名だから登ろうと
思ったのか、今となってはどうだったか分らない。

とにかく読んだが1~2巻はなんとなく映画などの
イメージでストリーは進んでいきますが、
3巻以降へ進むとこれは???

超長編ではあるが連続読みきり小説のようで、
時には主人公・机龍之介がどこか得消えてしまって
サブ主人公の話が展開する。

そのサブ主人公が何人もいて、龍之介と変わらぬ
活躍をして映画のイメージが消えることもしばしば。







d0124388_134838100.jpg20巻でも未完に終わっている物語の時代背景は
新撰組が活躍した幕末時代で、
その時間の推移は僅か5~6年間の物語です。

その5~6年の中の挿話としては日本創世から
明治までの歴史・風俗や文化藝術にまで及び、
更に世界の歴史・藝術まで及んでいました。

私は何だか百科事典を読まされているような
気分になったこともありましたが、
作者の広範な知識には驚嘆させられた。


10巻くらいのところで少々嫌気がさして
やめようと思ったが、ここまで読んだのにと
自棄になって読み通しました。


作者は仏教・輪廻の小説と言っていた
そうですが私は余り意識することが無かった。
ただ一貫して社会的弱者の立場で
物語っているところが良かったと思っています。







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# by dojyou38 | 2017-05-28 18:18 | 読書 | Comments(0)
2017年 05月 24日

萬造寺斎『緑の国へ』 復刻刊行について

d0124388_11401338.jpgこの度、萬造寺斎の「緑の国へ」が
刊行された。と言っても「万造寺斎」を
知る人は殆どいないだろう。

彼は鹿児島県串木野の出身で
与謝野鉄幹の門人(歌人)です。


小説は彼が愛媛県立西条中学の
教師をしていた時の経験を下に、
人妻への叶わぬ恋を描いた
青春物語で、漱石の
「坊ちゃん」を彷彿とさせるものです。

この小説は大正8年鹿児島新聞に
連載されたが万像寺斎選集全10巻
にも含まれてなく書籍化されて
いなかったのです。

この小説が書籍化される切っ掛けは
私の山友・万造寺譲一さんに母校・
「西条高校創立百周年記念誌」
(平成8年)に掲載された万像寺斎の
ことを伝えたことです。

山友・譲一さんは奇しくも
万造寺斎さんの甥だったのです。


彼は「緑の国へ」が掲載された
鹿児島新聞が鹿児島県立図書館にフィルム保存されていいることを探し当て、
そこから復刻・出版することを思い立ち3年間の苦労を経てようやく刊行にこぎつけました。


私としては山岳歌人万造寺斎の小説が私の山友の手によって書籍化されたことと、
その橋渡しが出来たことを喜んでいます。
併せて小説の舞台となっている郷里・石鎚山のほか、
私の知らない当時の西条の夜の巷・花見や港の様子などが情緒豊かに描かれているので、
郷里の人に知ってもらいたいと思っています。

書籍については、いちき串木野市観光課および西条高校同窓会(道前会)に問い合わせください。
楽天ブックスなどでも購入できます。

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# by dojyou38 | 2017-05-24 11:40 | 読書 | Comments(10)
2017年 05月 21日

頚椎椎間板ヘルニア

5月2日丹 沢・塔ノ岳登山中、7合目辺りに登った
辺りで急に目前が薄紫色にギラギラ光りだした。 こんな経験は初めて。
何だか何時もより疲れが早いと思っていた。

d0124388_1384962.png目の前のギラギラ症状は
正確な時間は分らないが多分20~30分くらいで納まった。
同行の仲間がペースを落としてくれたので何とか登頂できた。

何時もと違って食欲は進まなかったが、
富士山の絶景を見ながらゆっくり休んだので、
下山は快調に下りることができた。

それから何日かして(5月10日)六甲山ハイキングをした。
その時、両手が痺れた。 
動作に支障は無いが皮膚感覚が無くなった。
痺れは30~40分で解消しました。

家族・友人達から何かの前兆だったらいけないので
検査を受けるよう勧められた。
私は癌はそんなに恐れてないが認知症と脳卒中を恐れている。

ハイキングに勤しんでいるのは認知症予防のためだ。
脳卒中で言語障害や身体後遺症で家族などに
迷惑掛けたくないので、先日 掛かりつけ医(内科)に相談しました。

d0124388_1463453.jpg結論から言って、
心配していた脳卒中などの前兆ではないとのこと。


考えられる原因は視覚については、疲れと水不足だろう。
手の痺れは頚椎の変形と思われるので
整形外科を受診するように勧められました。
脳梗塞が原因であれば症状が両手が一緒には出ない。

整形外科でレントゲンを撮ると
頚椎の5・6・7の変形が見られる。

手の神経は頚椎の5・6.7番から出ているそうです。
手の痺れが継続的に表れるようになれば
頚椎矯正リハビリが、場合に寄れば手術も必要とのこと。


手の痺れはその後発症していないが、何だか首や肩の廻りに違和感がある。
リタイアーごも好き勝手に生きてきたが、ぼつぼつ年貢の納め時が近づいてきたのかな~と思う昨今です。



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# by dojyou38 | 2017-05-21 10:24 | 病気 | Comments(14)
2017年 05月 19日

六甲縦走 4(六甲高原植物園)

六甲山2日目のハイキングが終わり予定より早く六甲ガーデンテラスに着いたので、
余裕の時間を使って六甲高山植物園を散策しました。
植物園で出会った花から幾つか紹介します。

d0124388_2031023.jpg

d0124388_18115161.jpg ←シロヤシオ ↑
初めて見た白いツツジで五葉ツツジとも
呼ばれ九州には分布していません。

「シロヤシオ」と言う名を初めて知ったのは
神奈川に転居してからで丹沢の奥地には
見所が幾つもあるそうで愛好者はシーズン
になると群生地を求めて登るようです。

九州はピンク色のアケボノツツジが有名で
私も毎年場所をかえて登っていましたが、
これは関東地方には分布しないようです。




d0124388_21181470.jpgユキモチソウ

四国八十八カ所を歩き遍路した友人の
ブログで名前を知りましたが、
現物を見るのは初めてでした。

これまで見なかったのが当然で、
九州にも関東にも自生地はないそうです。








d0124388_21291922.jpgクリンソウ

クリンソウは九州には自生しない花と
されていますが、私は九州の英彦山の
麓で群生しているのを見ました。

後で、山仲間から聞きましたが、
英彦山は九州修験道の中心地で、
昔そこの修験者が修験の聖地・奈良の
大峰山から移植したとのこと。






d0124388_21442921.jpgエンコウソウ

これも初めて見る花ですが、
高山植物と云うよりは湿性植物で
キンポウゲ科の花。

昭和56年天皇陛下がこの植物園に
来られ、その時に30株を献上したそうで、
現在も皇居で花を咲かせているそうです。








キシツツジ                                       ヤマツツジ
d0124388_17283894.jpgd0124388_17292429.jpg













ハルリンドウ                                    バイカイカリソ
d0124388_17302771.jpgd0124388_1731298.jpg














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# by dojyou38 | 2017-05-19 14:58 | Comments(10)
2017年 05月 17日

六甲山縦走 3(有馬三山)5月11日

                      落葉山麓のシャガ群生地を登る
d0124388_2220858.jpg

二日目の予定:有馬三山の縦走
 有馬と六甲を東西に貫く尾根の間に南北に並ぶ落葉山(533m)灰形山(619)湯槽谷山(801m)を有馬三山と呼ぶ。
今日の予定
 8:00 登山口~落葉山~灰形山~10:30湯槽谷山~12:30極楽茶屋跡(昼食)~六甲ガーデンテラス
 14:00バス=ケーブル=バス=15:30阪急六甲にて解散。

 
d0124388_8211041.jpg今日は予報どおり朝から晴れ渡る。
8:00 ホテルを予定より少し遅れて出発。

昨日散策した温泉街を太閤道まで下り、
8:20 登山口より登り始める。

落葉山への登山道は山頂近くに祀られている
妙見堂の参道でもありるので、
良く整備されているが初めからかなりの急勾配。

暫く登ると登山道沿いはシャガの群生地に
入りましたが、シャガは花の艶やかさと比較し
匂いを殆ど感じませんでした。
 (1枚目の写真)



d0124388_21561883.jpg 8:50 落葉山登頂。
登山口での遅れを10分取り返す。
これから登る灰形山や湯槽谷山が眼前に、
六甲最高峰の山頂は雲に霞む。

落葉山山頂に隣接するように
立派なお堂(妙見堂)が鎮座しています。

室町時代 後小松天皇の勅願により
有馬温泉鎮護の寺として妙見大菩薩本尊とする。

今日のハイキングの安全を祈願して
灰形山に向いました。




d0124388_95221.jpg灰形山へは
落葉山から100mほど下りてから上り返します。

急坂が続きますがモチツツジやシロバナツツジが
登山道を飾り癒されながら登ります。



d0124388_1055887.jpg







d0124388_1010182.jpg
















d0124388_10274657.jpg 9:30 灰形山登頂
予定より相変わらず10分遅れだがまずまず順調。


← 灰形山頂より湯槽谷山を望む

灰形山より湯槽谷山へも150mほど下ってから
上り返すが、山頂直下は急な階段が続く。









d0124388_1051244.jpg10:25 湯槽谷山登頂
頑張って遅れを取り返し予定より早く到着。

急坂の階段を登ってきたのに鈍頂で
樹木にに囲まれ眺望がありません。

山頂から湯槽谷に下って、番匠屋畑尾根を
ドライブウエイが通る六甲山頂へ上り返す。

途中にはミツバツツジが有りました。
九州にいるときは毎年ミツバツツジを求めて、
幾つもの山に出掛けていたので懐かしかった。





d0124388_1134198.jpg12:00 計画より30分早く極楽茶屋跡に
着いたので少し足を延ばし、
六甲ガーデンテラスで昼食としました。

計画書を見直すと阪急御影16:40のバスまでは
約2時間の余裕時間があることが分り、
その余裕の時間でで六甲植物園を散策。

(植物園で見た花はページを改めUPします)








               六甲ガーデンテラスから俯瞰した神戸港は濃い霞の中でした
d0124388_1711923.jpg


その後、ケーブルとバスを乗り継いで阪急六甲まで下りてきましたが、
まだ時間に余裕があり駅近くのカフェに立ち寄りビールで乾杯して解散。

今回の計画を中心になって企画段取りしてくれたAさんは、父の急逝で忙しくしていることだろう。
彼は奈良在住だが父の看病のため約10年間、主に福岡に在住していて私達の仲間となり、
ここ数年は若手のホープとして山行の世話役をして私たちの面倒を良く見てくれました。

父がいなくなると彼は当然家族の待つ奈良に帰るるだろう。
そうなれば福岡グループの平均年齢は一挙に上がり、来年からの遠征登山がこれまでのように出来るか不安に思う。
同時に私自身も体力・脚力の衰えを自覚するだけに、もし実施されても来年以降の遠征に参加できるだろうか・・・
そんなことを思いながら大阪伊丹空港からの羽田便で当日の内に帰宅しました。



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# by dojyou38 | 2017-05-17 12:10 | 登山 | Comments(10)