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2012年 05月 23日
福岡ヤフードーム正面 ![]() 一塁側外野席に陣取る修学旅行生何時の試合も何校かの生徒が入っています。 ここは天候で試合予定が変更されることも無く、 生徒の行動管理も遣りやすい。 福岡県外の小中学生の多くは初めてのドーム体験、 引率する先生は気を休める場所。 一石二鳥で旅行計画には便利なアイテム。 三塁(広島)側外野席福岡ドームは何時も圧倒的なフォークスファンで 埋め尽くされるのですが、 三塁側外野席の一画にはカープの チームカラー赤がその存在を主張していた。 フォークスに比べ数では比べようもありませんが、 広島から遠征してきた熱いカープファンが 統制のとれた応戦で、熱烈なエールを 地元フォークスに負けじと送っていました。 フォークス、ラッキーセブン攻撃前の勝利の風船飛ばし。 フォークスの主将・小久保裕紀2000本安打に大手 大記録2000本安打まで後3本と迫って、 ホームでの達成を宣言して試合に臨む。 この打席で今日2本目、あと1本に迫る。 チームも9:1で快勝。 試合結果(バックボード)フォークスは昨年も、一昨年も交流戦は 調子よく、確か2年続けて1位であった。 しかし今年は絶不調、 前日までの7試合1勝6敗。 今日ホームでの勝利で仕切り直しして、 明日からの快進撃を期待したい。 フォークス勝利を祝う花火ドームを閉めたままでの花火爆発音は 乾いた高い金属音。 花火の後はドーム屋根扉の開放、 屋根の外に現れるのは ホテル・ヒルトン福岡シーフォーク 久しぶりの福岡ドームであったが、 地元・フォークスの快勝で 気分良くビールを飲み、最後まで観戦。 ドームの屋根が開くまで シートに座っていました。 ![]() 2012年 05月 22日
![]() 今年もマロニエの咲く季節となりました。何とも華やかな雰囲気を醸しています。 と言っても、もうピークは過ぎました。 連休前後が一番艶やかでした。 上の写真は私の部屋からの眺めです。 近くの通りの街路樹がマロニエです。 『マロニエ通り』と名付けられる案も ありましたが、僅か400m足らずで その名前は幻となりました。 どうせ植えるならもう少したくさん植えて パリ・シャンゼリゼに負けない並木道に して、福岡の名所にすれば良いのだが・・・ ![]() 2012年 05月 19日
5月19日 歩こう会の5月例会が耳納連山でありました。 耳納連山は久留米市から大分県境に至り、九州最大の大河・筑後川の南側に東西に横たわる。 この連山の峰を夏目漱石が明治30年、五高の教授として熊本に赴任していた時にここを歩き、 その経験が小説『草枕』の発想の元になったと言われています。 その時漱石が歩いた距離は久留米・御井町から高良大社(高良山)から発心山・草野町まで約14kmは 漱石の道と云われて、その縦走路には漱石の句碑が7箇所設置されています。 今日 私達は高良大社から耳納山~柳坂までの約8km、3箇所の句碑を辿りながら歩きます。 ![]() 8:00 参加者41名がバスで福岡を出発9:00 高良大社二の鳥居から ウォーキングスタート。 二の鳥居から高良大社まで続く 石の階段・スロープは一部の参加者には 相当ハードだった様です。 高良大社に参拝し今日の無事を願い、 奥の院経由して高良山(312m)へ。 森林公園ツツジ園で昼食。 漱石の句碑ー1森林公園展望台に設置されている 『菜の花や 遥かに黄なり 筑後川』 写真では分り辛いが、この句碑から ゆったりと流れる筑後川が見下ろせる。 森林公園の広大なツツジ園は有名だが、 当然のことながら花のシーズンは終わっていた。 漱石の句碑ー2耳納連山自然歩道に設置されている 『人に逢わず 雨降る山の花盛』 耳納自然歩道は車道・スカイラインを 縫うように蛇行し、小さな丘の登り下りを 繰り返しながら、耳納山(368m) 兜山(317m)を経て櫨並木の柳坂へと下りる。 漱石の句碑-3兜山分岐近くに設置されている 『筑後路や丸い山吹く 春の風』 木漏れ日を踏みながらの歩径路は 梢を渡る風が肌を優しく撫で、 小鳥の囀り・谷のせせらぎが心地よく、 アザミ・オドリコソウほか名も知らぬ 花が疲れた身体を癒してくれる。 例会案内にはコースの難易度(初級・中級とか)、今回は中級で長い石畳の階段が有ること、 低山ながら3つの山に登るとアナウンスされている。 しかし参加者はあまり考慮していないようです。 世話役から見ると無理かな~と思う方の 参加申し込みも有るが、断るのは難しい。 今回も数名の途中リタイアーがあった。 今回は縦走路に併行してドライブウエーがあり、 バスに救援させ事なきを得た。 参加者の多くは70歳以上なので、 過去には救急車を要請したこともある。 歩こう会の会員は約140名、月一度の例会を楽しみにしている。 例会は公共交通を利用することも有るが、貸し切りバスのことが多く、その場合募集定員は45名。 例会案内をメーリングリストで流すが、発表すると24時間以内に満席になることが多い。 参加者は高齢者が殆んどなので、事故が無いか毎回気が抜けない。 世話役はボランティアで、任期は2年。 私は現在2巡目、来年3月で卒業。 それまで事故無く、勤め上げたいと願っている。 2012年 05月 17日
3月8日 日本最北端・稚内を通過して、69日目やっとやっと網走に到着しました。 歩いた距離は326km、1日平均4.7km。 前半はまだ寒く天候不順の日も多く距離は延びなかったが、後半は山歩き・歩こう会などで距離を延ばした。 ![]() ![]() ![]() 道東は縁薄く、網走は刑務所・流氷・砕氷船くらいしか思いつかない。 学生時代、一度 学校からの旅行で北海道をさ迷ったことが有り、 摩周湖までは行ったが網走に行く機会が無かった。 霧の摩周湖と言われ湖面が見えればラッキーと云われるほどだが、 幸運にも湖の中央に浮かぶ中島がくっきりと見えたのを覚えている。 (この北海道旅行の写真はこれ1枚しか残っていない) それにしても北海道は本当に広い。 通過ポイント間の距離が100km以上の区間が多い。 日本一周の36%に達したが、本土・青森に渡れるのが何時になるのか見当が付かない。 これから暫らくは気候も良いだろう。 頑張って歩こう。 幸い、暑さには自信がある。 2012年 05月 15日
昼食を取ったところで計画より1時間余の遅れ。 これは疲れや脚力だけではなく、橋やロープ、急崖では1人づつしか通過できない。 7人ものパーティーでは その時間ロスが大きい。 後半は午前中以上に梯子やロープがある。 時間を取り戻すどころか、更に計画以上の遅れが予想されるので山頂登頂は断念し、 坊主尾根を経由して下山することになった。 午前中辿ってきた湧塚尾根を「りんどうの丘」から ![]() 12:00 りんどうの丘に到着大崩山の岩峰は支尾根で、 山頂からぶら下げられた 馬蹄形のように造形されている。 麓から見て右が湧塚尾根、 左が坊主尾根、私達が立っているのは 一番奥に位置する「りんどうの丘」。 辿り歩いた湧塚尾根を振り返り、 自分達が歩いた跡とは思えない 厳しい形状に、達成感を満喫。 右の写真は上の写真(湧塚尾根)の一番高い岩頭を望遠で覗いたもの。 私達も同じところに立ちました。 復路 象岩から見た『小積ダキ』 ![]() 14:20 象 岩を降りる(1)小積ダキ から象岩を経て、 ロープと梯子に介助されて、 疲れた身体に鞭打ち 約300mを一挙に下ります。 象 岩を降りる(2)象岩から望む「見返りの搭」 ![]() 15:15 米岩を下りる1 米岩を下りる 2 16:45 祝子川を渡渉朝 往路で渡渉できるかどうか 確認していたのでこの場所で渡渉。 先頭は今日のリーダーKさん。 お世話になりました。 水量が多く、ここで渡渉できない場合は 迂回して林道を下り、登山口まで 右岸を歩く。 17:30 登山口に帰り万歳でも12時間の歩行で ちょっとお疲れの様子。 下山後、昨日入浴した 祝子川温泉が定休日だったので、 前泊した民宿の風呂で汗をながす。 待望の大崩山登山 無事達成 今日の登山ルート(登山口からオレンジ色のポイントを右回りしました) ![]() 計画時間より大幅に遅れて大崩登頂は出来なかったが、 大崩のビューポイントは殆んど周り日没前に全員無事下山できたことは大成功。 今回の登山で改めて学習したことは、ロープ・梯子・橋は一人づつしか通過できず、 大人数のパティーでは想定外に時間が掛かると言うこと。 大崩山はこうしたロープ・梯子・橋が他の山に比べ異常に多かったことが 想定していた所用時間以上に時間を要した原因だった。 ブログのUPが遅れ大崩山から帰り5日も経ったが、あの岩頭から眺めた感動を鮮明に覚えている。 厳しい山歩きであったが、季節を変えルートを変え是非体力続く限り何度も挑戦したい山です。 だが、福岡からは遠い 後何度登れるだろうか。。 |
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