行けるとこまで

dojyou38.exblog.jp
ブログトップ
2011年 04月 09日

神仏習合時代の名残

先日観桜ウォークで訪ねた筑後・清水寺での風景。
お寺参道に堂々たる明神大鳥居

お寺の参道に鳥居があることも比較的珍しいことですが、
その鳥居の扁額に堂々と寺号・清水寺と。
神仏習合の名残かと思ったが、建立は昭和44年とあった。


d0124388_9264252.jpg

d0124388_14324018.jpg山門(楼門)

境内を殆んど隈なく廻ったが、
また由緒書きも読んだが、
何処にも神仏習合の跡を
窺うことが出来なかった。







d0124388_16442733.jpg清水寺本堂

神仏習合と関係なさそうな
清水寺が昭和の時代になって
なぜ鳥居を建てたのか。
何とも不思議。

でもやはり
神仏習合の名残だろう
[PR]

by dojyou38 | 2011-04-09 08:50 | 街並みウォッチング | Comments(8)
Commented by hibochan at 2011-04-10 07:57 x
寺に鳥居 珍しい光景 初めてみました。
でも我が家含め付近の家には 仏壇と神棚が飾ってあり不思議では ありません
自身今年から墓地管理委員と八坂神社の氏子に選出され
忙しくなりそうです。
神主さん坊さんにいろいろ聞いてみたいと思ってます。
Commented by dojyou38 at 2011-04-10 09:11
hibochan さん
<墓地管理委員と八坂神社の氏子>まさに神仏習合、
今も生きて実習中ですね。
日本はアラブや西欧のように宗教区別が厳格でなく平和でいいです。
Commented by ippu at 2011-04-10 09:42 x
≪神仏習合と関係なさそうな清水寺が昭和の時代になってなぜ鳥居を建てたのか。何とも不思議≫
不思議ですね。
昔の鳥居が痛んで、その再建ではないのですか?
根拠のない第3者の想像ですが・・・。
Commented by dojyou38 at 2011-04-10 12:05
ippu さん
<昔の鳥居が痛んで、その再建ではないのですか?>
あ~そうですね。 多分そうかもしれません。

Commented by taminamikawa1 at 2011-04-10 22:29
神仏習合の神社・寺院は少ないですが、たまに清水寺のようなところもありますね。
明治時代の初期に神仏分離令が出てから、分離されたようですが、その名残が清水寺と言えます。
お寺に鳥居が混在しているのは珍しいですね。
Commented by dojyou38 at 2011-04-11 08:55
taminamikawa1 さん
神仏習合の寺社は明治期に天皇制と結びつけ、
神社を優遇したので神社にしたところが多かったようです。
清水寺も神仏習合があったのでしょうが、昭和の時代になって、
改めて鳥居にする必要が有ったのか良く分かりません。
Commented by matutaka31 at 2011-04-11 14:50
我が故郷では、神棚と仏様が同居していましたので、神仏習合は全然違和感を感じません。
元々神社は古い時代の覇王を神話化したものに過ぎず、仏教の教えとは全く別の次元のものだと思いますが・・・。
Commented by dojyou38 at 2011-04-11 21:20
matutaka31 さん
<神社は古い時代の覇王を神話化したものに過ぎず、仏教の教えとは全く別の次元>その通りとおもいます。 
本地垂迹説などで神仏習合が行われたが、明治になって強制的に寺社は峻別させられた。
しかし、各家庭ではそんなことは影響されなかったのでしょうね。


<< 本日 小国に到着(バーチャル日...      筑後・清水寺のサクラ >>