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2011年 09月 27日

北海道に渡る(バーチャル日本一周歩こう会)

青森・竜飛岬から北海道までは指呼の間、2日間で松前に到着した。
北海道へは3度旅行したことがあるが、松前~江差~岩内への日本海側を訪ねたことはない。

松前・江差は幕末 五稜郭戦争に関連して出てくる地名ですね。
松前は北海道唯一の城下町、江差は江差追分の故郷・ニシンの漁場それ以上は知らない。


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岩内から北は旅行したことが有るので、思い出に浸りながら歩こう。
それにしても北海道は大きいです。
国内の7~8県分くらいの距離は十分ありそうだ。

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by dojyou38 | 2011-09-27 22:41 | アウトドアー | Comments(8)
2011年 09月 26日

九州ハイランド 大金峰~小金峰単独行 (9月25日)

このところ晴天続き、何の予定も無い。 急に山へ行きたくなった。
相手がいない。 家内に同行求めたが振られた。
仕方なく一人で行くことにした。

登山を始めて4年、正確には数えていないが小さな山も含めて100回は山に行っているだろう。
だが2人或いは10人以上のときも、全て誰かに同行して登り単独での登山は無い。

私は75歳で運転免許返上するつもり。 後 23ヶ月、運転出来る内に遠くの山へ。 
高速道路土日半額割引を利用して、目的地を熊本南部の大金峰~小金峰縦走にした。
どうせ登るなら、初めての単独行は登ったことが無いところが良いと、この山に決めた。


  
        二本杉峠から大金峰を望む
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d0124388_20484725.jpg5:35 自宅出発、松橋IC からR445経由で二本杉峠へ。
8:40  大金峰は鈍頂ながら周囲を圧して鎮座。

    二本杉から市道をへて林道に入るが、
    市道で鹿の親子に出会う。
    
    カメラを構える間に小鹿は林へ。
    登山者は鹿に出遭って癒されるが、
    山は鹿など獣害で困っている。
    



d0124388_2152095.jpg9:30 林道・福根線 攻登山口  
  予定より30分遅れ。
  途中、道が分らず何度も U ターン道を探す。
  山の中では尋ねるにも車も人にも出会わない。
  途中、何台か車に出会ったが地元でなく、
  小鳥を獲るハンター。登山のことは知らない。

  登山口らしきところに着いたが、
  攻登山口かどうか確信できない。
  ただ、ここから登れば
  大金峰~小金峰の稜線に出ると信じて、
  九州自然歩道を登る。
    

d0124388_21314895.jpg10:00 稜線 攻分岐

  登ること30分稜線に到達。
  ここで目的の登山道と確信。
  やっと、安心して歩けるとホッとする。

  ガイドブックによると、
  ここから大金峰まで3k弱、小金峰まで2k弱。
  先ず、大金峰に向かう。




d0124388_21525996.jpg大金峰に向かう稜線は
ブナ・カエデやスズタケが繁る
九州自然歩道で道は整備されて、
快適に歩みを進めることが出来る。

だが、福岡周辺と違い標識が朽ち破損したまま。

大金峰までは何回も緩い上り下りを繰り返す。
一番低い鞍部から山頂まで高低差100m強。 
  




d0124388_2211124.jpg自然歩道大金峰登山口

ここから山頂までは僅かだが、
自然歩道と変わり急登となり
登山道は荒れ放題。








d0124388_22385479.jpg大金峰山頂(1396m)

10:45 山頂到着、登山開始の遅れを取り返す。
  山頂は狭く、周りが樹木に囲まれ眺望なし。
  二本杉から立派な姿を見ただけにがっかり

  ここで昼食にするつもりだったが、
  小金峰に変更、そこそこに下山。





d0124388_2245616.jpgマムシ

大金峰から小金峰に向かう途中、
2匹の蛇に遭遇。

1匹の大きい青大将と思われるのは直ぐ隠れた。
この1匹は逃げない。 
体調約80cm、マムシにしては大きい。
確信はもてないが多分マムシだろう。

ガイドブックでマムシが多いとあった。
それで、スパッツ・ストック・手袋など
万全の装備をしたが、まさか本当に出遭うとは。


d0124388_2341415.jpg12:20 小金峰山頂(1377m)

予定より30分早い。
山頂は狭いが東南に開け、
重畳たる九州山地の山稜に圧倒される。

地図と睨めっこするが、
遠くに見れる山の名に自信がもてない。

ここでゆっくり弁当。

13:30 予定より40分早く下山。 歩行距離 約9km  

小金峰より九州中央山地を望む
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山の景色はまだ紅葉には早く、僅かにススキが色付いているだけだった。

山中では登山客誰1人にも会わなかったのにマムシに遭遇、
林道では小鳥ハンターや鹿との出会いなど収穫が多かった。
また、登山口を見つけるための時間に余裕をもった計画の重要性を改めて学習。

これで単独行の実績が出来たので、気が向けば何時でも山登りが出来そう。
ただ今回分ったことだが1人で歩くと、自然に歩く速度が早くなり楽しむ余裕を失う。
今後は設定時間を十分使って、山を楽しみたいと思います。

帰路、100%架け流しの「かりまたの湯」に浸り疲れを癒しました。

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by dojyou38 | 2011-09-26 17:37 | 登山 | Comments(16)
2011年 09月 24日

竜飛岬に到達(バーチャル日本一周歩こう会) 9月22日

9月2日 弘前を通過して五所川原 十三湖を経由、94kmを20日間で歩き竜飛岬です。
1日に4.7km歩いたことになりますが、この間比較的天候も良く、
歩こう会の下見(篠栗)と例会(赤間宿)のウォーキング・背振(猟師ヶ岩山)と九重(久住・三俣)登山などがあり、
私としては快調に歩き距離を稼いだ10日間でした。


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d0124388_1458873.jpg竜飛岬を訪れたのは2005年4月だった。
例年より春が遅かった。
天気は良かったが冷たい風が吹き荒れていました。








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ここで珍しい風景を見たのを覚えています。

階段だけの国道。車は通れない。
車が通れない国道があることを初めて知った


日本国内、他に有るか無いかは知らない。
案内板のジグザグのところ。
階段の数はは362段。


私が訪ねたころには
案内板のジグザグの階段の右側に表示されているように、
車が通るショートカットの道が出来ていました。




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次はいよいよ北海道ですが、バーチャルの歩行計画では次のポイント松前まで10kmとなっています。
地図の上で見ると津軽海峡だけで約20kmの巾があります。
どうやら竜飛から白神岬(松前町)までは船で渡り、そこから歩き始めるようです。

北海道は広いから、本土に帰ってくるのは来年桜の咲く頃になるのではないだろうか。

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by dojyou38 | 2011-09-24 11:02 | ベランダ | Comments(10)
2011年 09月 22日

マロニエ

先般 自宅の近くに新しい道路が完成・開通し、最近姪浜大通りと名付けられました。
あまり見かけない樹が街路樹として植えられています。

何という樹かと、あちこち訪ねるとマロニエでした。マロニエといえばパリ。 
小説や映画でお目にかかったような気がしますが、現物を見たのは初めて。
初夏 白い花が咲いていましたがその時も何の樹・花か分りませんでした。


姪浜大通
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                     初夏 こんな花が。(写真はネットより拝借)



d0124388_683158.jpgマロニエの実

現在、こんな風に実が生っていますが、
一見するとキュウイの様でもあり、
福岡都心に生っているアボカドの様でもあります。

 
マロニエの実をはじめて見ましたが、
実が生っているのは3~4本に1本です。
木に雌雄が有るのかも?







聞くところによると、この道マロニエ通りと言う愛称が付けられる筈だったという。
姪浜大道りは南北2.5kmの市道、マロニエが植えられているのは北から500mだけ、それより南は別の樹木が。
2.5km市道の愛称を一つに統一した為、まぼろしのマロニエ通りに終わり地域名が道路名に。

福岡にマロニエ通りはどうかと思うし、街路樹に外国産の木も・・・
しかし、考えてみれば明治期以降外国産の樹木がたくさん移入され日本に根付いているのも事実。
まあ、悪くないか。

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by dojyou38 | 2011-09-22 20:47 | 街並みウォッチング | Comments(8)
2011年 09月 19日

残暑の久住を歩く 2 (9月15日)

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d0124388_18183841.jpg法華院は朝から濃霧、坊がつるは全て霧の中。

山荘のアドバイスにより白口谷ルートを諦め、
7:40 北千里浜より久住山を目指して
昨日苦労して下りたガレの急坂を登る。


登山ルートに沿って点々と黄色のマーク。
晴天時には無粋なペンキと思うが、
夜間や濃霧の中では まさに灯台の灯。

今年もこの無粋なペンキに何度も救われた。


d0124388_15533065.jpg北千里浜へ出た。
風が出てきたが霧は消えない。

昨日迎えてくれたゴリラ君は
何処かへ遊びに行ったか見当たりません。
代わりにラクダの出迎え。








d0124388_16242640.jpg久住分れまで上がってくると、
風は益々強くなり帽子が飛びそうだ。
霧も水気を増し体にまとわり着く。










d0124388_16391069.jpg10:45 久住山頂に到着

1年3ヶ月振り2回目の登頂。
霧は薄くなってきたが強風吹き晒す。
岩陰で昼食して下山に就いた。

前回 下山の時予定を変更し白口谷ルートにしようと歩きかけたが、
急激な濃霧発生で道を失い迷走したことを思い出した。





d0124388_1162026.jpg西千里浜

車のある大曲へは昨日登ったすがもり越 経由が近いのだが、
家内には昨日のガレバ上りが堪えたのか、
西千里浜 経由で牧の戸へ下ることに変更する。








          
d0124388_1147780.jpg沓掛山 (1503m)         

この山を越えれば牧の戸(1330m)まで一気に下るだけ。
だが、車のある大曲まで車道を2km歩かねばならない。











          沓掛山から牧の戸登山口を見下ろす(正面は何度か登った湧蓋山

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これで家内の石鎚登山の足慣らしは無事終了した。
昨日の暑さには参ったようだが、2日間で約11km歩いた。
少しは自信が付いたことだろう。

下山後、星生温泉で疲れを癒し帰路に就く。

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by dojyou38 | 2011-09-19 21:05 | 登山 | Comments(8)
2011年 09月 17日

残暑に久住を歩く 1 (9月14日)

10月中旬に西日本最高峰・四国の石鎚山(1982m)と剣山(徳島)へ山仲間と出かけることになった。
石鎚は私の郷里の山、家内も子供が小さい時家族4人で登ったことがある。
それで今回も同行しようとなり、最近登山から遠のいていた家内の足慣らしが迫ってきた。

天気の長期予報と睨めっこしながら、14~15日は未だ暑そうだが天候が安定していると読み、
ここも子供が小さいころ家族で登った久住と決め、法華院温泉山荘を予約。
1日目は三俣山(1748m)、2日目は久住山(1787m)に登る計画で出発。




やまなみハイウエイ(長者原)から三俣山を望む
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残暑厳しく、ススキの穂は出ているが色づく様子なし、私は山仲間と月末にも久住に来ることになっているが、
その頃には秋の気配を感じられるだろうか。


d0124388_15424417.jpg大曲から すがもり越へ

1日目は法華院泊まりだからと、福岡出発 8:30。
登山口は大曲、何時もは長者原か牧の戸だが
知人からこの登山口が有ることを知る。

三俣山へは星生山の北山裾を東進、硫黄鉱山道に出て、
すがもり越 へと上って行く。 登山開始 11:35。
すがもり越 に着く頃には何人もの下山者と出会う。

この一帯 9時過ぎまで視界10mの霧だったそうだが、
私たちが歩き始めた頃は全くの晴天、28℃。

d0124388_1622350.jpg途中全く日陰無し、風少なく頗る蒸し暑い。

硫黄山の煙が垂直に上がって行きます。

暑さに弱い家内は既にアゴを出す。








d0124388_22422723.jpgすがもり越避難小屋

彼女のペースに合わせ、
休み休みゆっくり登ったので避難小屋着 13:10

三俣山頂で昼食の予定だったが、
ここで摂ることにした。

彼女に休憩を取らせ、その間に私は山頂へ。




d0124388_2272915.jpg三俣山に前回登ったのは5年前、
その時は4峰全てをゆっくりと歩いたが、
今回は90分で主峰だけを往復すると言い残して駆け上った。

ところが地図も見ずに駆け上がったため、
登ったところが南峰、慌てて本峰へ。

途中、草花を愛でる余裕は無かったが、
今を盛りと咲くリンドウだけが目に留まった。





d0124388_16584590.jpg三俣山頂より由布岳を遠望

山頂からは概ね晴れ渡り360度の大展望。
大船山や坊がつるが指呼の間に広がり、
由布岳の山頂は雲を戴いていた。

丁度この刻限、
ブログ友・甘党さん夫妻が由布山頂に居たそうです。
当初は山頂から雨ヶ池越へ下る予定だった。
後で分ったが、このルートは荒れて通行禁止になっていた。

彼女との約束時間内 75分で往復14:45に下山したが、
この刻限に山頂を目指す人は殆んどいなかった。

d0124388_22543860.jpg北千里浜

やっとガレバから解放され、気温もやや下がり、
軽快な砂浜ウォーキングで
法華院温泉に向かう。

この砂浜、以前より随分と広くなったようです。
まるで砂漠だが、くっきりと流水の跡が残っている。
雨季の北千里浜も見てみたい。





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          北千里のランドマーク・ ゴリラ岩が右側・中岳の麓に見えてきた。
          北千里浜の正面は左・北大船山と右・大船山(1786m)



d0124388_23295046.jpg16:20 法華院温泉山荘に到着。

途中のガレバ下りは以前より随分荒れていて苦労。
また山荘の周りは大規模な砂防ダムの工事中で、
九州最高地(1300m)の温泉の情緒が薄れていた。

でも、温泉は以前と変わらず暑からず温からず。
心行くまで湯船に浸かり疲れを癒し、明日に備えた。

ラムサール条約に登録されている湿原・坊がつる
九州登山のメッカであり、キャンプ地。
この日も幾つものテントが張られていた。




          夕暮れ迫る坊がつる   (手前・法華院温泉バンガロー、正面・平治岳、右・北大船山)
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今日 久住を歩いた感想は以前より随分と歩径路が荒れたように感じた。
自分の脚力低下に寄るものかも知れないが、以前はもっと楽しく歩いたように思う。
久しぶりに久住を歩いた家内には別の山を歩いているように感じたようです。

法華院温泉で明日の登山・久住山へ白口谷ルートで登る相談をすると、
現在は通行禁止になっているとのことで、明日は北千里浜から登ることにした。

他にも三俣山~雨ヶ池、月末に予定している大曲~星生山ルートも通行禁止。
理由は植生保護もあるようだが、多くは土石流多発で危険とのことでした。

やはり、近年の異常気象で山肌の崩落が激しいようです。

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by dojyou38 | 2011-09-17 15:25 | 登山 | Comments(10)
2011年 09月 16日

兜作りの家並みを歩く(唐津街道赤間宿)

歩こう会は7~8月と涼しい水辺の森林浴を楽しんだが、9月例会は歴史探訪として、
唐津街道の街並み赤間宿と原町を歩いた。
今回も定員一杯の45名の応募があったが、直前にキャンセルが発生40名での催行となった。

旧唐津街道は北九州・小倉から福岡を経由して唐津にいたる大名の参勤交代などに使われた街道であるが、
その原型はは秀吉の朝鮮征伐に伴う名護屋への遠征ルートです。


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d0124388_17504825.jpg赤間宿は参勤交代に伴って整備され、
筑前21宿の一つとして
旅籠や商家が立ち並び明治期まで栄えたが、
明治23年 鹿児島本線の赤間駅が
赤間宿より2km余り離れた福岡よりに
設置されたことにより宿場はだんだん寂れていったそうです。

何故 駅が宿場から離れた位置に設置されたかは知らないが、
現在では赤間宿の近くに設立された教育大学のために、
「教育大前駅」が新設されている。



d0124388_2058505.jpg兜作り

赤間宿の家並みの特徴は
平入りと妻入りが混在していることである。

その中で、妻入りの建物には切り妻に
2段に庇屋根を付けた家屋が多く見られます。
兜作りというそうです。
そう言えばなんとなく外観が「兜」に見える。




d0124388_21132930.jpg出光佐三の生家
赤間宿の家並みを歩いていると、
店舗でないが綺麗に整備された民家がありました。
石油会社「出光興産」創業者の生家です。

街を歩くと出光家が菩提寺など地域の整備に
様々な貢献をしている様子が散見されました。

赤間宿に近接して福岡教育大学がありますが、
出光氏が用地を提供して
旧師範学校などを集約して開校したそうで、
正門近くには出光のガソリンスタンドが有ります。


d0124388_21453795.jpg五卿西遷の記念碑
赤間宿に隣接して出光家の菩提寺「法然寺」があります。
その一角に五卿西遷の碑が建てられています。

幕末、京都を脱した攘夷派公家の急先鋒、
三条実美ら五卿が赤間宿に3週間滞在しました。
この間、全国から馳せ参じた勤皇の志士で
大変な騒動だったとのこと。

これも赤間宿繁栄の一こま。




赤間宿のような古い町並みを国が風景街道として指定し、
地域活性化・観光振興のためと称して街並み整備の補助金を出している。

その数が全国的に余りにも多いように思っています。
果たして、そんなに数多く税金を使ってまで整備しなければならないのだろうか。

私は今回この町を歩きながら、
次々指定地域を増やすのは役人の仕事の為でないかと疑問を持ちました。

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by dojyou38 | 2011-09-16 07:29 | アウトドアー | Comments(8)
2011年 09月 11日

鬼ヶ鼻岩~猟師ヶ岩山 縦走

今回の山は縦走というほど登山ではなく、
家内が1月の難所ヶ滝で転倒して以来殆んど登山をしていないので足慣らしのための山歩き。

足慣らしだけなら私たちのホームグランド・叶岳や高祖山で良いのだが、
たまには知らない山にも行ってみようと、足慣らしに選んだのが鬼ヶ鼻岩~猟師ヶ岩山 縦走。
あまり知られていない山だが、佐賀県との県境・背振山と金山の間に並んでいる。


          鬼ヶ鼻岩から背振山(1055m)を望む
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d0124388_10161077.jpg登山ルート

佐賀・井手野登山口~椎原(西)峠~
鬼ヶ鼻岩 ~ 猟師岩山 ~ 小爪峠 (往復約6km)

登山口へは三瀬峠から佐賀県側に入り、
背振山地の中腹を林道に沿って約7k東進。

登山口が分からず探していると、
これから金山まで往復する女性と出会う。
暫く山談義をしながら歩くが、
健脚の彼女に迷惑なので先に行ってもらう。


d0124388_22192492.jpg鬼ヶ鼻岩(840m)

登山口から椎原西峠を経由し約2kmで
目的地の一つ・鬼ヶ鼻岩に着く。

福岡県側に大きく開け、北側は断崖絶壁。
大きく落ち込んでオーバーハングし、
懸垂下降の練習場になっており、
固定ハーケンが幾つも打たれていた。





d0124388_22461140.jpg猟師岩山(893m)

鬼ヶ鼻岩から何回かup・downを繰り返し
約1km、猟師岩山に着く。
山頂は潅木に囲まれ展望は良くないが、
2人が食事するには広すぎるスペース。

登山の途中、何人もの登山客に遭遇。
椎原峠~金山~三瀬峠へと続く縦走路は
自然歩道として人気があることを知る。



小爪峠から猟師岩山を望む
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今日は家内の足慣らし登山だったので、猟師岩山までと決めていたが、時間に余裕があったので、
次回の参考にと、彼女を休憩させ小爪峠まで下りてみた。
山頂の案内に下り20分とあったが、少し急いで25分で往復できた。

今日の歩行距離は往復で約6km、4時間かけてゆっくり歩いた。
この時期、紅葉には早く、咲いている花も少ないが
雑木林を吹き渡る風は爽やかで快適な山歩きとなった。

下山中、フキを見付けた家内に付き合いセッセとフキを摘んだ。
時期外れなので、硬いのではと言いながら調理してくれたが、結構美味しく戴いた。
今日の登山の一番の収穫はフキの煮物だったのかもしれない。

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by dojyou38 | 2011-09-11 07:18 | 登山 | Comments(8)
2011年 09月 09日

若杉山 (歩こう会下見)

若杉山(681m)ずーと以前に登ったことがあるが、記憶が薄れていた。
今回は登山と言うより歩こう会10月例会の下見なので、世話役5人でポイントを廻っただけ。

若杉山は低山ながら見どころいっぱいの山です。
先ず篠栗四国八十八ヵ所の札所をたくさん抱えているだけでなく、弘法大師が修行したと伝えられる
岩窟の奥の院や太祖神宮上宮などが祀られている霊場・霊山です。


若杉山山頂よりレーダードームを戴く三郡山を望む
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若杉山からは三郡山(936m)を経由して宝満山(829m)まで約13kmの縦走路がある。
ちょうど、これから宝満山へ帰るという若者に会った。13km 縦走路の往復26km の山歩き!!!

世話役仲間で歩こう会例会とは別に、近いうちに縦走しようと話し合った。
勿論私達は片道だが、ゴール・竈神社まで歩き通すことが出来るだろうか。

写真でドームのある三郡山の左手前が砥石山(828m)、
砥石山に登るにはショウケ越まで約200m下らなければならない。

三郡山の右が頭巾山(901m)、写真には写ってないが宝満山との間に仏頂山(986m)などがあるが、
これらの山頂を結ぶ峰歩きは比較的UP・down が少ないと言う。

ゴールは宝満山から約2km先の竈神社。 
果たして、何時実行出来るでしょうか?!

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by dojyou38 | 2011-09-09 06:01 | 登山 | Comments(8)
2011年 09月 05日

スキルス胃がん

友人がスキルス胃がんで胃を全摘した。
私は重篤な病気の経験がないので、病気の知識に乏しくスキルス胃がんがどんなものか知らなかったが、
大変厄介な胃がんで、発見が大変難しい病気だそうです。
この癌は自覚症状の後で発見された場合は既に他の部位に転移していることが多いそうです。


友人(75歳)は定期検査で発見され、しかも極初期だった。
それでも胃を全摘したそうです。
極初期だったにも拘わらず、全摘したのはスキルス胃がんは胃の裏側に病巣があり、
全摘するより他に手術の方法が無かったと言っていました。

私が見舞ったのは術後1週間経っていましたが、大変顔色も良く元気そうでした。
体重も800g減ったけど、切除した胃の分だけだと笑っていました。
既に食事制限は殆んど無く、病院食にはひき肉なども出されるそうです。
後、数日で退院とのことでした。

スキルス胃がんの様な厄介な病気にかかったにも拘らず、
彼は大変運が良かったと思いました。

彼の場合、定期検査で見つかり、しかも極初期だったこと。
また、その極初期の症状・胃の裏から僅かに現れた病変を医師が見落とさなかったこと
「後1ヶ月遅かったら大変厄介なことになっていた」と手術した医師が言ったそうです。

最近の病気は殆んど機械任せの検査。
血液検査など数値で現れるデータを読み違う医師はいないと思うが、
X線、CTあるいは内視鏡検査など画像による判断は医師の経験・判断能力によるところが大きい

私の身近にも脊椎の圧迫骨折を見落とされ治療が遅れたために、何年も苦しんでいる例がある。
彼のように良い医師に早期に出会えるか否かは将に運・不運である
彼は今回命拾いしたのかも知れない。 

私はリタイアー後殆んど定期検査を受けてない。
彼を見舞って、定期検査も必要かな~と思うようになった。

ともあれ、彼が早く全快して一緒に酒を酌み交わすのが待ちどしい。

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by dojyou38 | 2011-09-05 10:21 | 病気 | Comments(10)