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2012年 11月 25日

函館に到着(バーチャル日本一周)

ようやく北海道を一周して函館に辿り着いた。
北海道・松前に入ったのが昨年9月26日、426日かけて北海道を一周したことになる。
距離にして1981km北海道は広く、1年以上経過していた。

苫小牧を出たのが10月12日、44日で238kmを歩き函館に着いた。
この間の1日平均は5.41km、天候・気候も良く何度も登山したので距離も伸びた。
オホーツク海岸を歩いていた頃は今年中に北海道を出るのは無理かなと思っていたが、
襟裳岬を過ぎてからは順調に距離を伸ばし何とか年内に青森に渡れる見込みが付いた。
それでも、まだ日本一周の46%に過ぎない。 来月からはいよいよ本土・青森です。


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         七飯(ななえ)町赤松街道
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函館・道南には2度訪ねたことがある。
最初は学生時代、前回家内と旅行したは2006年6月だった。
2人でレンタカーを運転して函館~洞爺湖~積丹半島~小樽~札幌を廻った。
国道5号線、八雲町辺りでスピード違反で交通キップを切られた思い出もある。
もう北海道を旅行する機会は無いかも知れない。

上の写真は函館郊外・旧50号線(七飯町)の赤松街道。
明治9年 明治天皇巡幸を記念して植樹されたもので、現在も1480本が残ると言う。
これだけの松の街路樹は全国でも珍しいと思う。

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by dojyou38 | 2012-11-25 21:18 | アウトドアー | Comments(4)
2012年 11月 21日

英彦山に名残の紅葉を訪ねる。

今年最後の紅葉を訪ねての登山を英彦山として計画をしていたところ、
私のブログ友・豊津の信ちゃんより同行の申し出があり案内をしてもらうことになった。
参加者は福岡から何時ものメンバー6名と信ちゃんとご主人の俊さん、計8名。

登山計画は豊前坊~北岳~中岳~南岳~鬼杉~奉幣殿~銅鳥居を縦走するコース。
日が短い時期のうえに足に自信ないメンバーもおり多少の不安も有るが、
英彦山を知り尽くしている信ちゃんが同行してくれるので安心して出かけた。


今回歩いたルート(信ちゃんのアドバイスで計画したルートを若干変更して歩いた)
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d0124388_11134248.jpg 6:30 福岡出発、
  高速大分道経由で英彦山に。
  銅鳥居に向かうR500沿いの紅葉は
  まだまだ美しく残っていた。

 8:30 銅鳥居前で信ちゃんたちと合流
 9:50 豊前房駐車場をスタート
   高住神社に拍手を打ち、歩き始める。
   
   晴れの予報だったが雲低く、
   山頂からの遠望は期待出来そうにない。






d0124388_11422996.jpg        逆鉾岩




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望雲台へ      望雲台にて ⇒    

高住神社から急坂のガレバとなるが、
直ぐに奇岩・逆鉾岩筆立岩が迎えてくれる。

逆鉾岩を過ぎると絶景ポイント望雲台への分岐点。
望雲台へは岩場をクサリでのトラバースや岩登りがあり、
多少の危険が有るので仲間の内3人だけが、
俊さんの案内で挑戦した。(望雲台の2枚は俊さん写す)

この望雲台で3日前、墜落死亡事故があった。
登る途中、何かの弾みで滑落の可能性は有っても、頂上の柵から外への転落は通常考えられない。
「立ちくらみがする」と言った、直後に墜落したそうだが・・・



d0124388_15141231.jpg珍しい円形三角点

10:30 望雲台に登らずに先発した4人組に、
やっと北岳山頂(1192m)で追いついた。

山頂で珍しい円形三角点を俊さんに教わる。
北岳には何度か登っているが初めて知った。

山頂は風強く、気温は3℃冷たい。
流石に紅葉の名残も無く全くの冬枯れ景色。
早々にブナ林の道を
中岳に向かって下りていく。





d0124388_15371798.jpg俊さん信ちゃんと(中岳山頂にて)

11:00 予定通りの時間で中岳に到着
 昼食は鬼杉と決めて、
 各自行動食でシャリバテに備える。

 人気の山だけに紅葉のシーズンは
 終わっていても山頂はそれなりの賑わい。

 早速、南岳を目指すが途中25名の
 大グループに出くわす。
 広大ワンゲル部OBと言う。


        冬枯れに佇む英彦山神社上宮社殿(南岳山頂より)
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d0124388_16232718.jpg南岳から材木岩へ下る


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南岳から材木岩を経て鬼杉まで約400mを一挙に下る。
その間急崖・クサリ場・ガレバが続く。

ここまで下りてくると、
山頂では見られ無かった名残の紅葉が
疲れた身体を目を癒してくれる。

12:30 鬼杉に辿り着き昼食

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安山岩の柱状節理は海岸で良く見かけるが
山中では比較的珍しい。
英彦山の伝説では鬼が社のため伐り出し、
余った材木が石になったと言う。
それで材木石と呼ばれている。


鬼杉は県下最大の杉で国定天然記念物
周囲12.5m、樹齢約1200年と言う。





d0124388_17524199.jpg大南神社付近の紅葉

昼食後、当初の計画では玉屋神社経由で
奉幣殿としていたが、信ちゃんの
アドバイスで大南神社~三呼ノ峠経由
奉幣殿
への下山に変更した。










d0124388_2121347.jpg梵字ヶ岩

大南神宮と三呼ノ峠の途中を200mほど
東に入り込んだところに、
高さ60mの絶壁があり、
直径3m余の梵字が3文字刻まれている。

弘法大師の仕業と伝える。









d0124388_21143839.jpg奉幣殿周辺の紅葉1

下山の変更したルートは高低差が少なく、
時間に余裕が出来た為、梵字ヶ岩にも
足を延ばすことが出来た。

14:45 予定より15分早く奉幣殿に到着。
15:10 別所駐車場の下山し、
  デポしていた信ちゃんの車で豊前房へ
  私達の車を取りに行く。

この様にして、すべて予定より早く行動でき
福岡には18:00前に帰宅できた。




d0124388_21151859.jpg奉幣殿周辺の紅葉2

先日来の寒波で、紅葉はもう駄目かと
思いながらの英彦山登山であったが、
標高800m以下のところでは
間一髪で美しい紅葉に間に合った。

今回の登山で英彦山には私の知らない
地図には無い登山ルートが
たくさん有ることを知った。

これから英彦山を訪ねる楽しみが増えました。





            奉幣殿周辺の紅葉3
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今回の登山はブログ上でたまにコメントを交換するだけの、
いわゆるブログ友との合同登山でしたが、その俊さん・信ちゃんが地元で英彦山に精通していて大変助かり、
多少の不安を抱えてのスタートだったが全員故障無く予定より早く下山できた。

行動中は信ちゃんが先導、俊さんがアンカーを引き受けて私達は何の迷いも無く登山を楽しむことが出来ました。
また、二人は山の植物のことも、公式ガイドが勤められるほど知識豊富で、そのことも大変ありがたかった。
俊さん、信ちゃん 本当にお世話になり有難うございました。

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by dojyou38 | 2012-11-21 07:03 | 登山 | Comments(8)
2012年 11月 17日

無名低山歴史散歩

地元のボランティアガイドの企画で、無名低山の史跡巡りが有り参加した。
場所は福岡の糸島半島の北端にある蒙古山(158m)と妙見山(150m)。

当日の天気予報が悪かったので、ドタキャン多く参加者は僅か14名でした。
9:00 地下鉄姪浜駅からバスで現地に向かう。


       二見ヶ浦から蒙古山(左)と妙見山を見る
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d0124388_14244421.jpg当日当初の予定は
登山の原則で午前中登山、
午後麓の史跡めぐりであったが、
前夜の雨を考慮し午後の登山となった。

先ず、麓の唐泊漁港周辺を歩いた。
唐泊は今は漁港だが遣唐使の時代
唐や韓へ行き来する船の
重要な寄港地であったと云う。

また江戸時代北前船
筑前五ヶ浦』の港として栄えた。




d0124388_14251732.jpgここ唐泊は先の福岡西方沖地震
震源地に近く当時の被害は甚大だった。
その名残がこの漁業関係の施設に有った。

施設全体は修復されているが、
地震の記憶を残す為か元の付属屋が
傾いたまま残されていた。

また、豊漁を願う恵比寿神社も
鳥居は新設だが、社殿はプレハブ。






d0124388_1518118.jpg三所神社の絵馬

これらの絵馬は江戸時代、廻船問屋が
航海安全を祈願して奉納したものが多い。

中には北斎の高弟・柳々居辰斎が描いた
『加藤清正の虎退治』などもある。

三所神社は728年の創建で
航海の守護神・宗像三神を祀る。
この時代から重要な寄港地で
あったことが伺える。




d0124388_16301080.jpg東林寺境内の万葉歌碑

763年 新羅に派遣された大伴三中の歌・
『唐泊 能古の浦 波立たぬ日は あれども
  家に恋ひぬ日はなし』

東林寺』は臨済宗の始祖・栄西
1191年 宋から帰国して建立した古刹。









       筑前(桜井)二見ヶ浦
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d0124388_171411.jpg午前中 蒙古山の麓・唐泊周辺の
史跡を巡り、半島の西側・二見ヶ浦で昼食。

一般に二見ヶ浦は伊勢のようだが、
ここ福岡の二見ヶ浦の岩の方が一回り大きい。
伊勢は朝日の二見ヶ浦
筑前は夕日の二見ヶ浦と呼ばれる。

交通機関の発達で、伊勢で朝日を拝み、
同日に福岡に来て夕日を拝むことが出来る。

二見ヶ浦海岸の紅葉したトベラ
トベラは常緑樹と思っていましたが、
こんなに色付くとは・・・




d0124388_1746503.jpg貧弱な道標

午後から登山スタートだが、
登山口らしきところにはご覧の貧弱な道標。

山に踏み込んでも、ご覧の登山道。
低山なので何処でも歩けそうだが、
無名なるが故に道標も少ない。

いくら小さな山でも無名山は
地元の住人でないと、
とても1人で登れる山ではないと思った。





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d0124388_1861383.jpg罠に掛ったイノシシ

登山道脇の罠には
小ぶりのイノシシが掛っていました。
こんな里に近い里山にもイノシシが
跋扈しているようです。

里の畑にもイノシシ避けの
柵が張り巡らされていました。








d0124388_2395623.jpg蒙古山山頂

以前は立派な山頂標識が有ったようですが、
先の福岡西方沖地震で倒壊したまま
放置されていました。

本来 山頂からは玄界灘の素晴らしい景観が
開けている筈ですが雑木林に囲まれ
眺望全くなし。

この山は昔は妙見山と二つ一緒にして
妙見山と呼ばれていたが、何故か
何時の頃からか蒙古山と呼ばれるようになった。




d0124388_23102440.jpg妙見山山頂

この山も眺望は全くなし。
以前は地域の花見の山だったそうですが、
過疎化して利用されなくなったようです。

妙見は北・北極星を現し、
糸島半島の最北端のここに
妙見を祀っていたのではないだろうか。







登山を始めて7~8年になるが、無名低山に登ったのは初めて。
軽く考えて、街歩きのスニーカーで参加したが、とんでもない間違いだった。

標高は150mばかり、歩く時間は2時間30分だが、
一般に知られた山のように登山道は踏み固められていない。
藪漕ぎまがいのところが多く、ストックを持ちしっかり足元を固めなければと思いました。

これから先、この様な無名山に登る機会は少ないと思うが、
道標や踏み跡も少ないので下山は余ほど注意しないと、登山口と違うところに下山する危険がありそうです。
山はどんな小さな山でも十分な準備が必要なことを改めて認識させられました。

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by dojyou38 | 2012-11-17 13:56 | 登山 | Comments(4)
2012年 11月 07日

九州の脊梁に紅葉を求め -4(傾山:11月2日)

九州脊梁の三大名峰(祖母・傾・大崩)で私は唯一 傾山(1602m)が未踏峰であった。
ずーと以前から仲間のKさんに登頂計画を依頼していた。
その機会がやっと来た。 しかも紅葉のハイシーズンに。
傾山周辺の山を何度も歩いたことはあるが、どんな山かその姿も見たことも無かった。
 


      九折越(つづらごえ)から仰ぐ見事な双耳峰・傾山
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d0124388_10474513.jpg民宿の昨夜の料理は地産地消。
シカ肉の刺身に煮付・・椎茸・筍など、
山村の生活や山の話を聞きながら
焼酎もすすむが寒い。
石油ストーブを焚き放しで就寝。

 5:00 起床、天気予報どおり快晴。
     北斗七星がくっきりと輝いて、
     引き締まった空気が周りを包む。

 6:00 民宿の叔母さん用意した
    弁当をリュックに詰め、
    車のフロントガラスに熱湯を掛け出発。





d0124388_1114588.jpg 6:10 県道から黒仁田林道に入る。

昨年から掲示されている
クマに注意』は
まだ残されたままです。










d0124388_13243358.jpg黒仁田林道に入って約1km
舗装が切れ、悪路となる。
石ころばかりの悪路を慎重に約30分、
定員一杯5人乗ったセダンでは
進めなくなった。

 6:35 ここに車をデポ、登山口まで
   およそ6~7kmはあるだろうか。
   歩かざるを得ない。 

この様なこともあると予想して
民宿を1時間予定より早く出発した。


d0124388_13483174.jpg登山口までの6~7kmは如何にも長い。

でも冷涼な空気を味わいながら、
色付きはじめた紅葉の林間を
歩くのは苦にはならない。

樹間からは暁光に朱に染まる
五葉岳方面の峰を仰ぎ見るのも嬉しい。







d0124388_1417431.jpg黒仁田山神社

 8:05 ようやく林道から作業道に入る。
作業道入り口に祀られた山神社
拍手を打って今日の安全を祈る。

登山口までは後 約2km







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d0124388_15363142.jpg作業道は見立谷に沿って登山口まで
見立谷両岸の紅葉、今まさに真っ盛り。

息を呑む光景が有るが、
残念ながら私の腕とカメラでは
切り取ることが出来ない。



8:50 やっと登山口に辿り着く。
   そこには先客のRV車、、  
   私達はここまで2時間40分歩いた。
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d0124388_15293439.jpg登山口からなだらかな
整備された道が続く。
高度が上がるに従い紅葉は落葉に変わる。
錦のジュータンを踏みしめて登る
贅沢な登山道です。

9:20 最後の水場を通過。
 水場を過ぎると傾斜が上がる。
9:30 大きく開けた尾根・九折越に出る。
 眼前に厳しくも雄大な傾の山頂を見る。
    (巻頭の写真)


大きく開けた尾根は豊かな杉苔に覆われているが、
標高約1300m 陽射しは有るが未だ霜が残る冷たさ。
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九折越からはしばらく緩傾斜になるが、小さな登り下りを繰り返しながら高度を稼いで行く。
小さなピークに出るたびに山頂の岩塊が大きくなり荒々しく迫ってくる。


       標高1400m辺りから仰ぎ見る傾山頂
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d0124388_16554036.jpg標高が1400mを過ぎると
『センゲン尾根』と言われる急傾斜となり、
一挙に山頂に躍り出る。














       山頂から西に祖母山を望む(右奥は阿蘇高岳か?)
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d0124388_174321.jpg山頂の広場

11:50 山頂到着
 山頂からの眺望素晴らしく、 
 祖母山、大崩、九重などの山々を
 望むことが出来る。

 登頂の途中は多くの登山者に会うことが
 無かったが、
 この山も幾つも登山ルートがあり、
 山頂は多くの登山客で賑わっていた。







d0124388_17492646.jpg本傾山頂より後傾を見る

傾山は双耳峰(本傾と後傾)に見えるが、
その西側に前傾もある。

長く登頂を暖めた山なので、ゆっくりしたいが
登山口から車まで余分な
2時間40分の歩きを残している。

12:30私達は九折越小屋に今夜泊るという
別の5人組と下山することになる。

下山を始めて1時間余り、標高1400を過ぎ
緩傾斜になったところで
アクシデントに出会う。女性が倒れている。


d0124388_9512358.jpg彼女は山頂で一緒に食事しながら
写真を取り合った夫婦連れだった。

どうも躓いて手を突き右肩を脱臼したようだ。
それにしても、連れ合いが居ない。
別グループの5人と共に手当てに当たった。
痛み止めを飲ませ、シップをし、三角巾を当てた。

倒れたことを知らずに先に下りたと言う連れを、
別グループの若いベテランが追っかけて連れ帰ってきた。

痛み止めで「痛みが引くのを待って下りるよう」
言い残し先に下りることにしたが、
彼女のリュックなど荷物を私達が預かり、登山口の彼らの車まで運ぶことになった。


d0124388_10351531.jpg14:10 九折越小屋に泊るという別の5人組と分かれる。
九折越から改めて傾山頂を振り返り、その荒々しい岩峰を記憶に留める。

14:30 登山口到達、預かった彼女の荷物を彼らの車の下に置く。
15:20 林道・作業道分岐

    歩き始めて30分、
    降りる途中九折越で会った地元の軽トラ夫婦に拾ってもらって、デポした車まで辿り着く。
    助かりました少なくとも1時間半は節約できただろう。
    
    助けられたり助けたり、素晴らしい思い出に残る登山でした。 

    帰路は、大分(佐伯市)廻り、『やよいの湯』に立ち寄り疲れを癒す。
    帰宅したのは23:20 九州脊梁の山は福岡からは本当に遠い。/span>    
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by dojyou38 | 2012-11-07 18:08 | 登山 | Comments(7)
2012年 11月 06日

九州の脊梁に紅葉を求め(丹助岳)-3(11月1日)

11月1~2日丹助岳と傾山に登ったが、都合により11月3日の白秋祭を先に出稿した。

九州の脊梁の三主峰(祖母・傾・大崩)で未登頂だった傾山にやっと登る機会がやって来た。
傾山は福岡からアプローチが長い。
前泊することになり、前日に足慣らしの為『丹助岳』(815m)に登ることにした。

丹助岳は『傾山』に宮崎県側から登る場合、福岡からのアプローチの途中・Rー218の直ぐ傍にあり、
先日登った『比叡山』から真近に眺めた尖ったピークを持つピラミッダルな山です。
登山口の標高が約700mで、民宿に入る前 午後から登るには手ごろな山と思った。
 


      高千穂の街から眺めた「丹助岳」(奥) 手前は十文字山
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d0124388_14444945.jpg丹助岳への道標

道標に
メスジカ 可猟区域」とある。
この付近も鹿の食害が激しいのだろう。











d0124388_14551847.jpg登山口広場の「丹助小屋」

小さな山にしては立派な小屋、
この山が地元民に親しまれていることが伺える。

 7:00 福岡出発、参加者が5名
  九州道・益城ICから南阿蘇を経由し日之影に入る
11:20 登山口に到着  

  今日の予報は午後晴れだが、まだ雲低く風が強い。
   (右の写真は下山時に撮ったもの)   




d0124388_15123527.jpg登山口広場から登山道は西口と東口の2つが有る。
東口から入ったが、まず植林帯をだらだら下る。
よく手入れされた杉林だ。

登山口から山頂までの標高差は100m余りだから、
少々下っても苦にならない。
気楽に下りていく。

一度林道まで下りて、左に巻いて杉林を登る。








d0124388_15291833.jpgやがて植林帯が過ぎると、
いきなり急登となる。
ところによっては岩や木の根に掴まって、
ジグザグに登っていく。

この辺りも鹿の食害か、鹿の忌避植物以外は
殆んど食べられて山肌がむき出しになっている。


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d0124388_15462889.jpg丹助岳山頂

風強く、少しずつ晴れ渡っていく。
広くない山頂の周りの樹木は風で大きく撓る。

風は急斜面を駆け上るが、
山頂の岩陰は将にエアーポケット。
無風状態で暖かい陽をうけゆっくり弁当。



山頂からは360度の眺望を楽しむことが出来、
東に双耳峰の「矢筈岳」を越えて、
先日登った『比叡山
その奥には「鉾岳」を見る。

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d0124388_16315826.jpg山頂を後にして西に向かい、
天狗岩を目指す。

ロープで登り、岩稜を跨ぐ
スリリングな岩塊登りです。











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   天狗岩から見た丹助山頂の岩塊














   天狗岩から北西に阿蘇高岳を遠望
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d0124388_17432634.jpg紅葉標高700mはまで下りて来ていないのか、
僅かに色付き始めたばかりです。

小さな山ですが変化に富み面白い山だった。
ただ、地元民によく知られているためか、
道標が少なく、山麓を一周して西口に
下山する積りであったが途中道を失い、
結局スタートした東口に下山した。

小さな山だとつい登山中地図も見ないで仲間との
話に夢中になり現在地を確認することを怠る。
何時もの悪い習慣を繰り返した。

午後5時前、
明日に備え『見立渓谷』の民宿に入る。
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by dojyou38 | 2012-11-06 13:51 | 登山 | Comments(4)
2012年 11月 04日

第60回  白秋祭(11月3日)

北原白秋、福岡県柳川市出身の詩人・童謡作家である。
柳川市はその白秋を偲んで毎年この時期に『白秋祭』が行われている。
今年で60回目だそうですが、私は或る懇親会メンバーと共に初めて見物に出かけました。



d0124388_1795956.jpg白秋祭のメインイベントは『掘割』で行われる
どんこ舟』による水上パレード。

提灯で飾られた150隻の船が観光客を乗せて、
夜の掘割を4時間に渡って地元の様々な歓迎を
受けながら市内の観光地を廻ります。

どんこ舟に夕方5時に乗り込みます。
4時間の船上宴会を充たす酒と料理も一緒に。
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船に乗り出発を待っていると隣の船に
大関・琴奨菊』一行が乗り込んできました。

そして、周りから『大関!
横綱目指し頑張れ!
など様々に賑やかに声援が飛んでいました。
柳川は琴奨菊の出身地、ファンが多いはず。










d0124388_17444021.jpg水上パレードが出発して
30分もすると周りは夕闇に包まれ、
川岸からは聞き覚えの或る白秋縁の音楽が聞こえ
祭りの雰囲気が盛り上がってきます。













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d0124388_22101485.jpgどんこ舟で巡る掘割の岸には
水上にステージが設えられ、
コーラス・吹奏楽・琴・三味線・太鼓・
雅楽など、それぞれの舞台で
白秋に関係した演奏をしていました。










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d0124388_22502713.jpgパレードの途中では
舞台での演技だけでなく、
川端の家の人々や道路に出ている地元の
方々と挨拶を交わしながら、
ゆっくりとどんこ舟は進みます。

最後は花火で終わるのですが、
長いと思った4時間のパレードは
あっという間に上陸の時間を迎えました。

ほろ酔い気分で、何とか福岡行きの
最終特急に飛び乗り帰途に着きました。




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白秋祭といって、どんなことをするのだろうかと思いながら出かけましたが、
出演している関係者だけでなく、柳川市民総出で白秋祭を盛り上げているのがよく解かりました。

そして、この祭りが60年も続いていることは如何に北原白秋が柳川市民に
尊敬され愛され親しまれているかを如実に表していることに他ならないと思いました。

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by dojyou38 | 2012-11-04 16:54 | 街並みウォッチング | Comments(6)