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2014年 05月 31日

徳島県に入る(バーチャル日本1周歩こう会)

 5月1日大阪を通過し、現在徳島県を歩いています。
大阪では現実とバーチャルが重なりましたが、現実の方は13日間のドライブ旅行で横浜から信州へ、
旅行から帰ってからは、たまたま登山が続きこの間に、相当歩行距離を稼いだようです。

そのため、バーチャルではあっと言う間に大阪から兵庫県に入り神戸・明石・淡路島を経由し、
予想以上に早く郷里・四国に入ったように思います。
現在は徳島の阿南市から海南(海陽町)に向かっています。

大阪を出て30日間で181km、1日平均6.03km。  日本1周の77%達成
自分でも良く歩いていると思います。 それもこれも長期旅行と山歩きの賜物です。
これからは、暑さに強いと思っている私も、このハイレベル維持は難しいと思っています。 

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徳島は現役で高松勤務の頃は毎月のように出張していましたが、有名な阿波踊り』も本番では見ていません。
また、その頃観光をした記憶も殆ど有りません。

一番最近徳島を訪ねたのは、昨年6月西日本第2の高峰・剣山(1955m)に登った時です。
徳島自動車道の美馬ICから国道438号で登山口に至りましたが、その国道はこれでも国道?
曲がりくねり狭くて行き違いできない箇所が多く運転が不安だった記憶が今も残っています。

剣山は名前に似ず鈍頂で、ケーブルもあり夏はファミリーピクニックに適した山のようでした。
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by dojyou38 | 2014-05-31 16:40 | アウトドアー | Comments(10)
2014年 05月 29日

山のトイレ啓発活動 IN 英彦山山開き

                    山開きの参加者に配られた記念手ぬぐい
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d0124388_22441971.jpg5月25日 英彦山の山開き神事が中岳上宮で有りました。
私は英彦山の山開きに参加するのは初めてでしたが、
参加者が多く記念に配る「手ぬぐい」600枚があっと言う間に終了。
貰えなかった多くの人が残念がっていました。参加者は約1000名か。

私達14名は山のトイレ・環境を考える福岡協議会」のアシスタントとして、
参加者・特に女性参加者に「山のトイレマナー袋」を配り、
山の環境を守る啓発活動のために山開きに参加していました。

私たちアシスタントは上宮の拝殿に上がらせてもらい、今年1年の
登山の安全祈願の拍手を打ち、神事の後で御神酒の接待を受けました。

「山のトイレ・環境を考える福岡協議会」など福岡の山岳団体が以前から
要望していた英彦山へのバイオトイレ設置がようやく実を結び、
福岡県が4700万円の予算を投じて、この日から供用開始になりました。
これで、英彦山では山ガールたちもトイレの心配がなくなったでしょう。

配布した「山のトイレマナー袋」はトイレのない山に登る時のものです。
福岡県の山で山頂にトイレが有るのは宝満山・福智山とここ英彦山だけだと思います。
「お花摘み」した時のティッシュを山に放置せず、この無臭で衛生的な
「山のトイレマナー袋」に入れて持ち帰ってもらう啓発活動です。

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     上の写真は同行の飯塚市の I さんが撮ってくれたものです。

私たちは帰路ではゴミを拾いながら下山しましたが、
約1000人が登ったにしてはゴミの量は大変すくなく、2kmの登山道に全員でレジ袋1袋程度でした。
好天に恵まれ、本当に気持ちの良い山開きと山歩きになりました。



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by dojyou38 | 2014-05-29 18:21 | 登山 | Comments(8)
2014年 05月 27日

ミヤマキリシマ IN 雲仙

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       ミヤマキリシマでピンクに染まる仁田峠
       (妙見岳に向かう登山道から、下は仁田峠駐車場、右奥 別所ダムの向こうは橘湾・東シナ海)

ミヤマキリシマはツツジの一種

九州各地の比較的高い火山に多く群生し開花期には絨緞を敷き詰めたように一山をピンクに染める。
この時期、大分・九重山系行くことが多いが、今年は2年振りに長崎・雲仙のミヤマキリシマを見ることにした。
前日、近くのホテルに泊まり、早朝から雲仙三山(妙見・国見・普賢)と平成新山新道を周回します。


今日の周回ルート
 仁田峠駐車場→ケーブル妙見駅(ケーブルで登る連合いと合流)→妙見岳(1333m)→
 国見分れ(連合いを平成新山新道へ先行させる)→国見岳(1347m)→国見分れ→新山新道(連合いと合流)→
 霧氷谷→普賢岳(1359m)→紅葉茶屋→あざみ谷→ケーブル仁田峠駅→仁田峠駐車場(歩行距離6km余)


d0124388_10484240.jpg8:30 仁田峠駐車場に入る。
平日だったせいか、予想よりは車が少なかった。

連合いをケーブルで妙見岳展望台に向かわせ、
私は駐車場から歩いて登り、
展望台で合流することにした。

駐車場から妙見岳への歩経路は
ミヤマキリシマの絨緞の中、好天に恵まれ
爽やか風に吹かれ登高も苦にならない。

ただ、駐車場近くの山裾ではミヤマキリシマの
咲き具合は既にピークを過ぎていました。



d0124388_11132623.jpg妙見岳展望台より平成新山を望む
 



平成新山は平成2年の普賢岳大噴火で出来た山。
標高は普賢岳より127mも高く隆起して1468m
その時、日本で一番新しい山として平成新山と
名付けられたそうです。

2年前 展望台から見た平成新山の山頂部は
丸みを帯びたドーム状だったと思うのですが、
現在では侵食され写真のような姿に。

山頂からは未だに水蒸気か火山ガスのよなもの
が絶え間なく立ち昇っている。

d0124388_171661.jpg9:30 妙見岳展望台で連合いと合流。
妙見岳山頂直下に祀られた妙見神社で
拍手を打ち今日の登山の安全を祈る。


妙見岳から国見分れまでは
比較的平坦な約600mの尾根歩きで、
ミヤマキリシマのトンネルです。

国見分れから国見山頂までは標高差約100mの
急な岩登りが有るので、連合いを新山新道に
先行させ、私は単独で国見岳へ。
10:30 山頂到着

国見岳のミヤマキリシマはまだ6~7分咲きでした

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d0124388_18165648.jpg  国見分れから国見岳を仰ぐ


先行させた連合いに追いつくため、国見山頂での
眺望を楽しむのもそこそこに下山。
国見分れからの急坂を駆け下り、新山新道に入る。

新道は雲仙の噴火で一時通行止めになっていた
普賢岳の北側を廻り平成新山山裾にいたる
登山道で2年前に整備され通行可になる。

   国見山頂から妙見岳を望む

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d0124388_7321961.jpg9:55 新道に入ったところで連合いと合流。

新道は普賢岳北側は急崖の裾を廻っていて、
崖にはヤマグルマ(後述)の群生や風穴がある。

風穴は溶岩が冷えて岩が収縮して出来た隙間。
新道沿いには大きなものが2箇所有る。
内部の気温は夏でも4℃、風穴の前に立つと
扉を開けた冷蔵庫の前に立っているよう。

新道は」一方通行になっているが時計回りに進み、
急坂を登ると平成新山の山裾に至り、
荒々しい山肌と間近に対面することが出来る。




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d0124388_8465388.jpg霧氷谷から見る平成新山の山肌
平成新山のミヤマキリシマの幼木

平成新山と2年振りに間近に対面しました。
2年前は山肌に僅かに雑草のような緑があったが、
今見ると山肌に2箇所ピンクの花が認められる。

ミヤマキリシマです! 
ミヤマキリシマは、火山活動により生態系が
撹乱された山肌で優占種として生存するそうです。

この調子だと、登ることはまだまだ出来ないと
思うが平成新山がミヤマキリシマの新名所に
なることも近いのではないかと思いました。

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d0124388_9253086.jpg  登山客で賑う普賢岳山頂

12:50 普賢岳に登頂
 平日にも拘らず昼食場所確保が
 難しいほど混んでいました。

15:10 仁田峠駐車場に下山。
  雲仙温泉街のホテルで温泉に浸り、
  汗を流し疲れを癒して帰途に就きました。








雲仙で出会った花・ヤマグルマ

d0124388_9581057.jpgヤマグルマは世界に1科1属1種の
近縁種が無い特異な常緑高木。

乾いた垂直に近い崖や岩にタコの足のような
根をしがみ付かせて生えています。

山に入ると時々見かけますが、
ここ普賢岳のように群落で見られるのは
大変珍しいと思います。

皮がトリモチの材料になるので、
「とりもちの木」と呼ばれることもある。




d0124388_1138745.jpgヤマグルマの花

ヤマグルマがここに群落していることは
以前から知っていましたが、
花に出会うのは初めてでした。

上の写真では葉が見えず、
落葉樹のようですが常緑で枝先に
互生して車のように見えるので、この名前。

古い葉は新しい葉と交代する秋には
紅葉して落葉します。
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by dojyou38 | 2014-05-27 17:36 | 登山 | Comments(10)
2014年 05月 24日

久し振りの雨中の山行 IN 金山

                      雨に煙る金山(城の山中腹から、レンズに雨露が付いています)
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               今日の登山ルート
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d0124388_21343079.jpg金山(967m)は福岡・佐賀県境に横たわる
 背振山脈の主峰の一つ
登山ルートは5コースあり、今回は三瀬峠からで、
比較的楽なこのルート、私は2回目です。

ただ今回は集合場所に向かうバスに乗った時・
8:30には既に雨が降り出し、下山までずーと雨。
本当に久し振りの雨中の山歩きでした。

何でそんな悪天候でと思われるでしょうが、
今回の登山は低山学校の課程の一つ

低山でよく知っている経験済みのルートなので
悪天候でも危険性は薄いので、
その悪条件でも登頂を決行しました。

d0124388_10505738.jpg9:50 三瀬峠登山口(581m)を出発。
このルートは山頂までは僅か3.7kmの
尾根歩きで大分部は県境を歩きます。

途中に三瀬山(790m)・城の山(846m)など
幾つかのピークが有り
上り下りを繰り返しますが殆ど広葉樹に覆われ、
他のルートに比べ楽ですが面白みが少ない。

結果的に悪天候向きでした。






d0124388_11274475.jpg急登・急坂の少ないルートですが、
1箇所だけ城の山からアゴ坂峠へ下りるところに
このような岩の狭間を通る急坂があります。

そして、この岩稜部の南側だけが
このルート唯一の眺望ポイントで、
最初に掲げた写真はここから撮ったもの。









d0124388_16491994.jpg雨は一向に止む気配は有りません。
大雨ではありませんが、しとしと降り続きます。

登山道の窪みは水浸し、雨具の着装具合が
悪いのか湿気が体にまとわりつきます。

最近、暫く雨の中で行動していなかったので、
今日の雨を軽く見て送迎の車の中で
いい加減に装着した雨具が完全でなかった。

いくら性能の良い雨具もいい加減な着け方では
その機能が発揮されない。
これが今日の勉強でした。



d0124388_1773471.jpg12:10 山頂到着
幸い私たちの登頂を歓迎するように、
雨が殆ど止んでくれました。

早速、小止みを利用して昼食。
12:25 昼食もそこそこに下山開始。 
     下り始めると、また雨が強くなりました。

14:20 三瀬峠に下山。雨の中で、
形だけの整理体操をして車に乗り込みました。

金山は比較的人気の山ですが、
さすがに今日は登山開始から下山まで
1人の登山客にも会いませんでした。



雨中山行で出会った花と木
 写真はクリックで大きくなります。
    花の名前など間違っていたらコメントなどでご指摘ください。 よろしく。

d0124388_2144337.jpgシャガ














d0124388_21463617.jpgミヤコザサ

イネ科
このあたりはシカの食害がないのだろうか。
スズダケはシカの食害に遭うと枯れるが、
ミヤコザサは食害に遭っても直ぐ再生するという。









d0124388_21555812.jpgコガクウツギ














d0124388_22173971.jpgギンリョウサウ(実)

滅多に出会わない希少種と思うが、
一度出会うと次々と出会います。

きっと、雨中行軍に敬意を払って
       出迎えてくれたのでしょう。








d0124388_22231599.jpgミヤマシキミ(実)
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by dojyou38 | 2014-05-24 21:16 | 登山 | Comments(6)
2014年 05月 22日

清掃登山 IN 四王寺山

                            大宰府政庁跡から望む四王寺山
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d0124388_1127110.jpg本格的な夏山登山シーズンを向かえ、
各地域で山開きや清掃登山が行われています。

福岡でも5月18日日本山岳会福岡支部などと
一緒に私の所属するグループも
  四王寺山清掃に参加しました。

9:30 参加者は何時ものように火バサミ・軍手・
レジ袋などを持参し、都府楼跡駐車場に集合、
主催者から清掃要領の』説明を聞く。

四王寺山は古代の大宰府政庁の北側にあり、
政庁を守る日本最古の山城・大野城が
築かれていた山で、今ではファミリー登山・
ピクニックの人気スポットになっています。


d0124388_22255014.jpg山ガールなど最近の登山者はマナーが良くなり
山でゴミを捨てたり、山で山野草を採ったりする
人は殆ど見かけません。

里山歩きやピクニックで賑う四王寺山でも、
登山口から登山道に沿って山頂に向かっても
清掃参加者が山頂までにレジ袋を一杯に
することが難しいほど ごみは少ない









d0124388_22261657.jpgところが、他の山でも一緒ですが、
ゴミがまとまって捨てられているところが有ります。

山の中を縫うように走る林道など車が入れる
場所で、人目に付きにくい場所です。
いわゆる不法投棄されたゴミ・廃棄物です。

この古タイヤは私たちが谷底まで
投げ捨てられていたものを車道近くまで
拾い上げ集積したものです。

私たちの力ではこれを登山口まで運べないので、
市の清掃局に連絡し処理してもらいます。




       四王寺山焼米ヶ原から太宰府市街を俯瞰(左奥のブルーの屋根は九州国立博物館)
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d0124388_8512629.jpg参加者は四王寺山の登山道を
幾つものコースに別れゴミ拾いをして、
戦国時代の激戦地・焼米ヶ原で昼食にしました。

一休みの後、それぞれスーパーでの
買い物から帰りのようにゴミが詰まったレジ袋を
両手に下げて山を降りました。

登山口の駐車場で拾ったゴミを資源ゴミ・不燃ゴミ・
可燃ゴミに分別し、清掃局から支給されたゴミ袋に
詰めて今日の清掃登山は終了です。

山に残した粗大ゴミも、駐車場で分別したゴミ袋も
明日 清掃局が処理してくれるでしょう。



昼休み焼米ヶ原周辺で出会った花
    写真はクリックで大きくなります。
    花の名前間違っているのも有るかもしれません。見られた方、コメントなどでご指摘ください。

d0124388_936468.jpgニワゼキショウ












d0124388_9413719.jpgヘビイチゴ














d0124388_9465039.jpgウツギ

 別名:ウノハナ












d0124388_951769.jpgカンアオイ

花が出ています(黒褐色)
落ち葉などに埋もれていて見えにくいです。

私は初めてみました。
同行の参加者に教えてもらいました。








d0124388_9585964.jpgブタナ














d0124388_1004854.jpgニガナ


山の清掃登山には毎年何回か参加しますが、
登山より疲れます。
普段使わない筋肉を使うからでしょう。

脚力は多少自信は有りますが腕は鍛えていません。
谷底から粗大ゴミを引き上げたり、集めたゴミの
袋を運ぶ腕は翌日まで堪えます。

でも、すれ違う登山客からの
 「ご苦労様です!」に癒されます

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by dojyou38 | 2014-05-22 11:27 | 登山 | Comments(12)
2014年 05月 18日

ロングドライブ旅行・帰心矢の如し、福岡へ

木曽路で出会った花と木

旅が終わり福岡へ向けて帰るだけなのですが、
少し名残惜しいので木曽路でであった木と花を少し振り返ります。
花の時期は福岡に比べ1ヶ月は遅いようでした。

 花の名前間違っているものが有れば、コメントなどで教えてください。
 写真はクリックで大きくなります。


d0124388_1074389.jpg西念寺の臥龍の松

西念寺(坂城町)のシンボルツリー
樹齢300年を越すという。
剪定には植木屋さん3人で数日かかるそうです。

高松・栗林公園の五葉松が有名ですが、
これだけ大きいものは無かったとおもう。








d0124388_10184846.jpgハナミズキ
  (アメリカヤマボウシ)

木曽路をドライブしてみて、
ハナミズキをたくさん見かけました。

県や町の花木ではないようですが、
街路樹にも、個人の庭にも。
写真は千曲市の街路樹







d0124388_10454394.jpgロウバイ(実)

臨川寺(上松町)の境内

とんぼ さんからコメント有りました。
これは在来のロウバイではなく、
  アメリカロウバイだそうです












d0124388_10503157.jpgシキミの花

妻籠・民家の庭先
福岡では山でも4月には散っていました。












d0124388_10554473.jpgベニサラサドウダンツツジ


(妻籠・民家の庭先)












d0124388_112981.jpgシモクレン















d0124388_115872.jpgコウゾウ


これもとんぼ さんからコメント有りました。
コウゾウだはなく正しくはコウゾです












d0124388_11121440.jpgコウヤマキ


江戸時代 尾張藩が伐採を禁じた針葉樹、
 木曽五木の一つ
(妻籠・民家の庭先)













d0124388_11224174.jpg14:00 妻籠を出て中津川ICから中央自動車道に。
15:50 途中渋滞も無く、米原JCTを通過しました。
     この後、ずっと夕日に向かって走ります。

 関東から木曽路を廻って、関西圏に入ると、
 私たちが以前住んでいたので何故かホッとする。

その後も、連合いと運転を交代しながら、
しばしば渋滞する吹田~宝塚もスムーズに走りぬけ、
吉備SAで夕食をした外はトイレ休憩のみで
山陽自動車道を走り抜けました。



d0124388_1473143.jpg関門海峡を跨ぐと、いよいよ九州。
帰宅は自宅を出てから13日目の午前1時30分でした。

福岡を出てからの総走行距離は 2130km
往路では途中北九州から大阪までフェリーを利用したので
延べ移動距離は約2700km。

帰ってきて一番気がかりだったのはベランダの植木鉢。
それなりにサイフォンやペットボトルで旅行中の注水を
手当てして出発したがやはり心配だった。

結果的には隣から戴いたアマリリスをはじめ殆どの
花や木は無事生き延びていてくれました。
唯一、サンショだけが過給水状態になり枯れそう。

私たちも、このような長距離をドライブ旅行するのは
これが最後ではないかと思っています。

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by dojyou38 | 2014-05-18 22:33 | 旅行 | Comments(12)
2014年 05月 15日

芭蕉・更科紀行を辿るー5(ロングドライブ IN 木曽路)

d0124388_10253830.jpgロングドライブの旅も最後の日、
今日も気持ちの良い晴れわたった朝を迎えました。
9:00 ホテルを出て落合宿本陣へ向かう。

落合本陣は中津川中心街から車で15分、
昨日帰って来た国道19号を引き返すのですが、
観光スポットとして人気がないのか案内道標なく、
何度も地元の人に尋ね尋ね探しました。

本陣の建物は立派に修復されていましたが、
案内人もいなく、見学もさせていませんでした。






d0124388_1119963.jpgその後、馬籠に向けて約1kmにわたり
旧中仙道が「落合の石畳」として修復されている
のを見に行きました。

皇女和宮の下向を控えて整備されたのではと
思うほど見事に整備・清掃されていましたが、
朝早かったせいか、観光客はまばらでした。

芭蕉もここを通ったでしょうが、和宮さん
間違いなくここを通って江戸に嫁いで居ます。
この1kmの石畳の終点を新茶屋と言い、
旅籠(今では民宿)などが有りました。

旅籠の前に「是より北 木曽路」の碑がある。

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d0124388_11471821.jpg 『是より北木曽路』の碑

この碑は島崎藤村が68歳の時(昭和15年)
村人の要請で書いたと説明されています。

木曽路は信州のイメージが有りますが、
私もそう思っていましたが、木曽路のうち
この新茶屋から馬籠と妻籠の中間・馬籠峠
までは美濃(岐阜県)でした。

この碑の傍に芭蕉の句碑も有りました。
送られつ 別れつ果ては 木曽の秋





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d0124388_22524272.jpg11:00 新茶屋で今回の「更科紀行」を
辿る旅は終わりました。

予定より早かったので連合いの希望もあったので、
以前一度訪ねたことがある妻籠で昼食をとり、
夕方まで散策して帰途に就きました。


オーストラリアナンバーのランドクルザー →

妻籠に行く途中、馬籠峠に駐車していました。
日本のナンバープレートが付いていませんが、
日本の車検済のようなラベルを貼っていました。

日本車ですが特殊改装しているようで、
ワールドクルージングのステッカーがあり、
世界中をドライブして廻っているようでした。  

ロングドライブでも私とは車も行動範囲も桁違いと憧れました。
話を聞きたかったので、暫く待っていましたが誰も帰ってきませんでした。
この車の左奥の小径を妻籠へ下りていったのでしょう。


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by dojyou38 | 2014-05-15 17:25 | 旅行 | Comments(4)
2014年 05月 14日

芭蕉・更科紀行を辿るー4(ロングドライブ IN 木曽路)

                その昔、中仙道の難所だった『木曽の桟』(かけはし)
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d0124388_2154356.jpgこの景色何の変哲も無い景色ですが、
  「木曽の桟」(かけはし)と云われる旧跡です。
  赤い橋は旧跡とは全く関係が有りません。

木曽川右岸から「桟」を正面から見る


初めはこの絶壁の岩に丸太を打ち込み、
細い板をかずらで縛って桟としていた。
その後の経過は説明書 のとおりです。






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d0124388_21451950.jpg昔から「木曽の桟、太田の渡し、碓氷峠なくばよい」
と云われ、中仙道の三大難所でした。

詩歌の題材として危ういものに好奇心旺盛な
都の文人が数多く訪れた歌枕の地です。
西行も次の歌を残しています。

「波と見ゆる 雪を踏み分けてぞ 漕ぎ渡る
          木曽の桟 底も見えねば」

西行の大ファン・芭蕉も先輩を偲んで
桟や いのちをからむ 蔦かづら
   と詠んでいます。
桟を見下ろす位置に建つ芭蕉の句碑




                    花崗岩が木曽川の激流に侵食されて出来た不思議な景観・目覚の床
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d0124388_22345622.jpg木曽の桟がある上松(素宿)町を木曽川に沿って
国道19号を5kmばかり下ってきました。
そこに、「目覚の床(とこ)」という旧跡が有ります。

伝説によると、浦島太郎が竜宮から帰ったのち
行く宛もなくさ迷ったあげく、この地に迷い込み、
ここで玉手箱を開き目覚めたと云われています。

こんな山奥に浦島伝説、正直驚きました。
こうした伝説の地も古代より都人の興味を惹き
多くの文人が訪れ歌枕の地になっていました。




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この目覚の床のすぐ上に浦島伝説に関わる
臨川寺」があります。

寺の境内には浦島太郎が目覚めて
自分の姿を映したと云う「姿見の池」があり、
傍に芭蕉の句碑も建っています。

「ひる顔に 昼寝せふもの 床の山」
嵐山光三郎さんによれば、この句は更科紀行には
なく彦根で詠んだ句だそうです。





私たちは、この後 明日落合宿を訪ねるため木曽川に沿った国道19号で中津川を目指しました。
今日も好天に恵まれ、木曽の山肌にはまだたくさんの山桜が残っており、
私たちのドライブを雪花かと見まごうように白い花びらが歓迎してくれていました。


16:10 中津川のホテルに到着、今日までの総走行距離 1260km

酒を酌み交わしながら明日からの予定を相談したが、
連合いはもう疲れたので観光は明日で打ち切り帰ろうと言うことになりました。

連れの体調が許せば私は、この後岐阜に寄り更に伊吹山に登山してから帰途に就こうと思っていたのですが、
道中半分は彼女に運転してもらうこともあり残念ながら明日で観光を打ち切ることに同意しました。
明日は落合宿を観光して帰途につきます。

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by dojyou38 | 2014-05-14 17:43 | 旅行 | Comments(10)
2014年 05月 13日

芭蕉・更科紀行を辿るー3(ロングドライブ IN 塩尻)

                残雪を被る北アルプスの山並み (長野自動車道安曇野付近から) 
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d0124388_455573.jpgりんご畑越し千曲川を望む(姨捨SAから)

奈良井宿のある塩尻に向かっています。 
残雪を被ったアルプスの姿に登頂意欲が湧くが
冬山は苦手、私の力量では無理な山のようです。

芭蕉は名古屋から善光寺まで歩いて、間違いなく
中仙道の馬込・妻籠や奈良井の宿、松本などを
通っていますが、『更級紀行」には登場しません。
気の合う門人・スポンサーが居なかったのでしょう。

私たちも松本などは既に観光しているので通過、
奈良井は芭蕉に関係ないのですが、連合いの
希望もあり日本一長い宿場に寄ることにしました。


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d0124388_533257.jpg      ↑ 奈良井宿の家並
奈良井川を跨ぐ総ひのき造の「木曽の大橋」

奈良井宿は奈良井川(木曽川上流)に沿って
山裾にへばりつくように伸びています。
家並は約1km、宿場として日本一の長さです。

昭和40年代から町並み保存が行われ、
この長い家並がほぼ全て江戸時代に近い姿に
改装・修景され素晴らしい景観を作っていました。

にも拘らず馬込のように商業主義に走らなかった
為か、連休明けということもあって
観光客がまばらだったのは意外でした。


奈良井の町並は北欧の港町を偲ばせるように、建物と建物の隙間は殆ど無く、
木造建築だけに火事にでもなればどうなるのだろう、その対策は?と余計な心配をしました。
そう言えば、説明書に明治以降 大火が無かったので、江戸期の形式を残した町屋が多く残っていたそうです。

奈良井宿を観光した私たちは、国道19号によって中山道を南下し芭蕉の足跡が残る上松宿に向かいました。

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by dojyou38 | 2014-05-13 03:52 | 旅行 | Comments(6)
2014年 05月 11日

芭蕉・更科紀行の跡を辿る(ロングドライブ IN 姨捨)

                 JR姨捨駅近くから棚田越しに千曲川と千曲市街を望む
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d0124388_2143249.jpg芭蕉・更科紀行の跡を辿って
 千曲市姨捨にやってきました。

姨捨は深沢七郎の『楢山節考』(進んで山に
捨てられる姨・おりんの物語)で有名ですが、
西行の時代から観月の名所だったそうです。

芭蕉は姨捨(山)で月を愛でるために
更科紀行を敢行したそうで、そこから見る
田毎(棚田)の月が素晴らしい景色と言う。

JR 姨捨駅はスイッチバックの線路が
すぐ傍にあり、これらの関係から
人気No1の無人駅になっているそうです。



d0124388_22213394.jpg私は芭蕉のように満月に合わせて来た訳でも
ないし、まだ棚田に水が張られていなかった
ので「田毎の月」は見られなかった。

姨捨駅の下・長楽寺の境内に月見堂があり、
その後ろに「おりん」が置き捨てられたと云う
 巨岩「姨岩」がある。

月見堂の前には「芭蕉翁面影塚」と呼ばれる
碑があり芭蕉がここで詠んだ句が刻まれている。
   「面影や 姨ひとり泣く 月の友






d0124388_6465691.jpg姨捨と観月の名所、妙な組み合わせです。

この地の「姨捨山伝説」は芭蕉よりずーと昔から
あり、60歳になっら姨は山に捨てられていた。
この伝説をもとに『楢山節考』が書かれています。

芭蕉以後この地は観月の名所から
更に俳句の聖地にもなったようで、
姨捨岩の周りにはたくさんの句碑が林立していた。

観月堂の後ろには樹齢1000年と云われる
桂の木があり、芭蕉もこの木を眺めたことだろう。


明日からも芭蕉を辿って中仙道をドライブします。
今日までの総走行距離 1081km



坂城・姨捨を廻ってみて感じたこと。
芭蕉が生きた元禄の頃には社会が安定していて、武士・町人の富裕層・知識人の間には俳句がブームになっていたようです。

そして俳聖として名が売れていた芭蕉には各地に門人・スポンサー居て、
「奥の細道」などでは難行・苦行の旅のようにも書かれているが、
実際はかなり優雅な旅を楽しんだのではないだろうか。

この地にもスポンサーが居て芭蕉が去った後、
俳句がますます盛んになり、芭蕉が発句したところは聖地として頻繁に句会が催され、
たくさんの句碑が建てられているのはその証左ではないだろうか。

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by dojyou38 | 2014-05-11 07:29 | 旅行 | Comments(8)