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2008年 04月 26日

熊本城・本丸御殿

熊本城築城400年を記念して再建された本丸御殿が一般公開されたので出かけました。
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大小天守閣  ↑
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闇り通路入り口 ↑
本丸御殿は大小天守閣前に大銀杏を挟んで対面して再建されていました。
本丸御殿の見学は玄関からではなく闇り通路から入ります。

闇り通路 ↓
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闇り通路 ↓
本丸御殿は石垣を土台として建てられています。 従って、建物を支える大引きは石垣の石の凸凹に併せて刻み込まれています。 大変な手間だったでしょう。
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本丸御殿 ↓ は天守閣のある広場の大銀杏の南側に再現されています。 
地下1階、地上3階、間口78mの広壮な建物で豪華絢爛たる内装はテレビなどで
紹介の通りですが、内部は一切撮影禁止・見学通路の制限などで
建物の大きさもさほど感じませんでした。
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d0124388_19544982.jpg熊本城の外堀・坪井川の畔に建つ加藤清正銅像

27歳で肥後の領主として入国、
40歳から7年の歳月を費やし熊本城を完成させた。

50歳で病没したが、
僅か21年後、2代目忠広が出羽・庄内に改易されるなど清正は予想だにしなかったろう。

更に、明治10年には西南戦争で天守閣と共に本丸御殿も消失。 昭和30年代に再建された天守閣はコンクリート造だが、本丸御殿は資料により全国の職人・技術者を動員して忠実に復元されている。 これで 清正公も安心しているでしょう。
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# by dojyou38 | 2008-04-26 00:00 | 旅行 | Comments(4)
2008年 04月 23日

マイカーで2900KM ーその10(おしまい)


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出発して13日目朝5:20 小雨降る新門司港 ↑に到着、満開の桜の中を通り抜ける旅でありました。 九州道でふと前を見るとバスはさくら、思わずシャッターを。
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旅行中 何度も事故を見ましたが、
自宅に近づいた福岡都市高でも事故を現認することになりました。
長い旅行中何かとトラブルもありましたが、
事故の当事者にならなかったのはラッキーでした。
何時もですが、車旅行の帰り福岡タワー ↓ を見ると帰ってきたことを実感します。
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全走行距離は2182Km,有料道路使用料合計42,644円、
フェリーでの移動約700Km,給油回数6回で燃料代合計26,244円でした。

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# by dojyou38 | 2008-04-23 22:01 | 旅行 | Comments(4)
2008年 04月 22日

マイカーで2900KM -その9(彦根から帰途へ)

彦根  安政7年〈1869年) 江戸城桜田門外で大老・井伊直弼が水戸藩浪士に暗殺され   ましたが彦根は直弼の居城。井伊氏は35万石、常に幕府の要職を務めた雄藩です。
      外堀からの国宝・彦根城
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外堀に沿ってぐるりと城を囲む満開の桜・1200本、昭和初期に植えられた。
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彦根城の外堀に連接する往時の商人町(本町)の屋敷が
キャッスルロードとして再現・整備され観光客の人気を博している。
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帰途に着く
彦根観光を終え、名神高速から新しい京滋バイパス経由して大阪南港へ。
20:00発・新門司港行きのフェリー「きょうと2号」(9800トン)に乗り込む。
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ここでもまたハプニング、夕食のレストランで元SNFのメンバーK氏に遭遇。
氏は岐阜へ桜を見に行っての帰りだとか。
行きのフェリーでは転勤赴任中の元部下に会ったばかり、世間は狭い!
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# by dojyou38 | 2008-04-22 22:44 | 旅行 | Comments(2)
2008年 04月 21日

マイカーで2900MK -その8(富山から永平寺へ)

夕日に映える立山連峰
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富山県に入る。
北陸道からは雪をまだたっぷり戴いた雄大な立山連峰が夕日を浴びてまばゆい。 ↑
駅前で居酒屋の暖簾をくぐり、富山湾産の蛍烏賊・岩牡蠣などを肴に地酒を味わう。 ↓
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翌朝 今回の旅で最大のトラブル
今日は観光にたっぷり時間を取とろうと、レストランが開くのを待ちかねて食事を済ませ、
駐車場へ。 ところが、エンジンが始動せず! 前夜 室内灯を消し忘れバッテリーOUT。 
JAFを呼ぶも90分もロス、家内のブーイングを受けながらのスタートとなりました。

松川の桜 ↓
富山は滝錬太郎の父の勤務地の一つで、富山城も荒城の月 作曲のモデルの一つと言われています。ここ松川は元は神通川の一部であり、富山城の内堀でもありました。
桜は神通川が明治時代付け替えられた後植えられたとのこと。
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大本山 永平寺
永平寺は道元が約800年前座禅修行の道場として開山、
当日もたくさんの若い修行僧の作務・修行する姿が多く有りました。
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永平寺唐門(勅使門) ↑  永平寺貫主の就任時と皇室の使者しか通らないとのこと。
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仏殿と山門を繋ぐ階段・廊下 ↑

  永平寺の膨大な伽藍施設は修行僧の作務によって、
  隅々までピカピカに磨き上げられていました。  

山門の円柱列から中雀門を見る。 ↓
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# by dojyou38 | 2008-04-21 22:59 | 旅行 | Comments(2)
2008年 04月 21日

マイカーで2900KM -その7(越後路)

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信州を後にして、雪の妙高〈山)高原を右に見ながら、高速を飛ばし新潟県に入りました。 
新潟県は山形県と共に私が足を踏み入れた事が無い2県の一つです。 
これで、足跡が無いのは山形だけになりました。 近い内に機会を作りたいと思います。
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新潟から北陸道を南下し富山に近づくと、子不知トンネル・親不知トンネル・市振トンネルなど長いトンネル・険しい地形の連続です。 

奥の細道に「一つ家に遊女も寝たり萩と月」と言う芭蕉にしては
なんとも艶かしい句がありますが、ここ市振で詠んだとされています。
こんな人も住めないような処に遊女が? と思うような地形です。

市振の手前(北側)が親不知で、
とにかく断崖絶壁・北アルプスがそのまま日本海に飛び込んだようなところです。 
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 親不知の手前 子不知 付近 ↑ 
日本海に迫り出した連続ピアー(橋脚)で北陸道は繋がっていました。

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親不知(旧国道跡)から子不知方面を見る。 ↑ (旧国道は現在閉鎖され通行不可です)
遠くの連続ピアは北陸高速道、手前は現在の国道R-8。

親不知の旧国道の真下は目もくらむ断崖絶壁 ↓ 日本海の怒涛が打ち寄せていました。
昔(旧国道が出来るずっと以前)は干潮のとき、この波が打ち寄せる岩場を命がけで渡っていたとか。こんな地形の険しい所に何百年も前から道があったとは・・・北国の人には重要なルートだったんでしょうね。

だから、現代でも巨費を投じ難工事に挑んで道が造られているのでしょう。
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# by dojyou38 | 2008-04-21 12:36 | 旅行 | Comments(2)