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2017年 12月 08日

オキザリス オマー

私の庭には元々 花らしいものは殆どありません。
この時期、時期遅れのマリーゴールドだけが寒そうにまだ咲いています。
そんな中にあって、この花だけが庭の隅で華やいでいます。 
オキザリス オマー


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オキザリスの仲間だろうと思っていました。
そんなに珍しいものとは思いませんが、
正確な名前が分かりませんでした。
オキザリスはカタバミの仲間ですが、
葉の形がカタバミとは全く違うので
何かなとお思っていました。

11月ころから庭の隅に咲いていたのですが
つい最近になってネットサーフィンを
してやっと分りました。
多分、オキザリスオマーだと思います。

自分で植えた花ではありませんが
昨年も咲いていたように思います。


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これはオキザリスバーシーカラーと共に
南アフリカ原産だそうです。

この花は他のオキザリス仲間と同様に
朝天気が良くても太陽が当るまでは
花弁を閉ざし、昼間だけ開花して、
夕方も日陰になると閉じてしまいます。

その代わり花期は長く3月頃まで楽しめて、
球根なので
来年も咲いてくれるでしょう。



私のような素人が植物の名前を調べる、同定するのは難しいです。
これなどはカタバミの仲間だろうと言う想定が当たっていたので、何とか正解?らしきものに辿り着けラッキー。
名前も分かったことなので、これからはちゃんとメンテナンスしてやりたいと思います。


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# by dojyou38 | 2017-12-08 12:23 | 植物観察 | Comments(10)
2017年 12月 04日

三浦アルプス南尾根を歩く


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久し振りに家内を連れ出して花の木公園から
三浦アルプス南尾根へ歩きました。

実教寺上から南尾根を観音塚方面へ家内を
案内するのは初めて。

このコースは照葉樹に覆われ眺望もなく、
特にこの時期は見せるべき花も全くありません。

ただ当日は快晴で賑やかな野鳥の囀りをBGMに
木漏れ日を受けながら、落ち葉を踏む
ウォーキングは快適だがいささか退屈でした。





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11:20 歩き始めて1時間、観音塚に着きました。
観音塚は仙元山から乳頭山に至る
三浦アルプス南尾根のほぼ中間で、
小さなランドマークです。

寛政11(1800)年に祀られた馬頭観音像がある。
当時は眺望も良かったかもしれないが
今は全くなし。

ここでコーヒータイムをとり小休止。
観音塚から先、乳頭山へのコースは
普段ハイカーを見ることは少ないが、
今日は土曜日、横須賀方面から
登ってきたハイカーに次々と出会う。



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観音塚から東進して
葉山32番の道標から
左折して新沢バス停に向いました。 

下山ルートには21号台風よると思われる
倒木が幾つも有りました。
次の山楽会例会の時にはチェーンソーを
持ってこなければと思いながら下山しました。

14:00 新沢バス停に下山。
バス停前の葉山牛牧場直営レストランで
美味しいハムバーグとカルビー焼きを肴に
ビールで喉を潤し今日のハイキングの
納めにしました。

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# by dojyou38 | 2017-12-04 10:14 | アウトドアー | Comments(12)
2017年 11月 30日

箱根旧街道

時刻は10時を廻り暖かくなりました。
鎌倉古道は上二子山の麓を木漏れ日を踏んで廻ると「お玉ヶ池」に出ました。
池を回ると県道732号(旧東海道)に繋がり、古道はここで尽きるようです。

箱根には上と下の二つの二子山があり、
上二子山(1099m)には自衛隊の重要なレーダーサイトがあるので登山が出来ないそうです。

          旧東海道から「お玉ヶ池」越えに色付き始めた下二子山を見る。
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この池の元の名は吾妻池と呼ばれていたが、
若い娘・玉が近くで処刑された悲しい歴史を
伝えるため「お玉ヶ池」と呼ばれるようになった。

玉は江戸の奉公先から逃げ出し伊豆の実家に
帰る途中だったが手形を持たなかったため
関所破りとして処刑された。

江戸時代は「入り鉄砲に出女」と云われ、
江戸から下る女を特に厳しく取り締まっていた。

お玉ヶ池を廻って暫くのところに、
石畳の箱根旧街道の入り口がありました。
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箱根旧街道は江戸時代の初めに整備されたが、
最初は箱根に群生する「ハコネダケ」という
細い竹を敷き詰めていたそうです。

その後延宝8(1680)年石畳に改良され、
更に文久2(1863)年将軍家茂の上洛に
合わせて全面的に改修されたそうです。

石畳を30分ばかり歩いたところ、
旧東海道と交わるところに、
茅葺の甘酒茶屋がありました。




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甘酒茶屋は江戸時代は箱根地区に
9軒もあったが、車が主流となり
多くが廃業して現在はこの1軒が残る。

「忠臣蔵」で神崎与五郎が詫証文を
書かされる舞台となったのが
この甘酒茶屋だそうです。

私達もここで甘酒を飲み、庭先を借りて昼食。
私はここでギンナンも焼酎の肴に買いました。

昼食後、元箱根に引き返し最初にお見せした
富士山の絶景に出会うことが出来ました。



               元箱根から見上げた駒ヶ岳(1356m)
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鎌倉に幕府が出来て鎌倉古道が官道として開設されて以降、
東海道は日本の重要幹線として整備改修を繰り返されたようです。
その中で箱根は「天下の険」と云われるほどの難路であったが、
江戸開幕以降はますます重要度が増す一方、江戸にとっての要害の地でもありました。

明治以降も重要度は更に増し、土木技術の進歩もあってルートは鎌倉古道から
箱根旧街道→旧東海道(現・県道732号)→旧国道1号→新国道1号(箱根新道)へと
何度も変更されています。

やがてルートは箱根をはずれ、東名高速から新東名高速への変遷に繋がっています。




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# by dojyou38 | 2017-11-30 09:15 | アウトドアー | Comments(10)
2017年 11月 27日

鎌倉古道 IN 箱根

鎌倉の歴史に詳しい方から、鎌倉時代の東海道の一部が
箱根に残っている鎌倉古道を歩かないかと誘われ出掛けました。
箱根では芦の湯方面から黄色で示したコースを歩きましたが、
お玉ヶ池より左(旧国道1号沿)が鎌倉古道だったようです。

古道部分の道幅は1mほどですが、
路面は岩の階段や硬い地面で、ぬかるんだところはなく歩き易い道でした。

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小田原から元箱根行きのバスに乗り
バス停「曽我兄弟の墓」で下車しました。
8:50 歩き始めましたが道路には霜柱、
水溜りには氷で予想以上の寒さに震え上がる。

この鎌倉古道と言われる道路沿いには歴史上の
人物の供養塔や仏塔・仏像などが点在しています。

先ず目に付いたのは大きな曽我兄弟と
兄の愛人・虎御前の供養塔。
永仁3(1295)年建立とありますが、
兄弟が亡くなって100年以上も経て
この場所に建てられたのか不思議です。


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曽我兄弟の供養塔から500mのところに
あるのが、永仁4(1296)年建立の
多田仲満の供養塔です。

多田仲満は源氏の先祖で鎮守府将軍にまで
なった武将だが、没後300年も経て
ここに建てられたのが、これまた疑問です。

このほか観応1(1350)年建立の
伝説の人物・八百比丘尼の墓もありました。



  古道を行く仲間たち  ↓

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これらの供養塔と相前後して、
古道沿いには仏像・仏塔がたくさん祀られています。

右の磨崖仏は巨岩に25体彫られていて、
銘文から曽我供養塔と同じ頃に造像されている。

下の仏像(六道地蔵)は高さ3.5mあり、
この付近最大の磨崖仏で1300年に彫られている。

室町後期には覆屋があり地蔵堂と呼ばれていたが、
朽ち果てていたのを平成9年に復元したもの。




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これら石仏群が点在するところに、
当時 三途の川に見立てられた「精進池」の傍に
「元箱根石仏石塔保存記念館」がありました。

石仏群について詳しい説明が聞けそうだったが、
先の予定が有ったので10時の開館を待たず通過。



下の写真は三途の川に見立てられた精進池。
水面の半分は氷結していました。
対面の建物は元箱根石仏石塔保存記念館。




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鎌倉古道は鎌倉と京都を結ぶ往還ですが、
箱根に残るこの地区に
伝説上の人物も含めて
有名人の供養塔や磨崖仏・仏塔などがたくさん
建立されたのか謎だらけです。

私のここまでの説明は設置されていた説明板の
抜粋ですが、多田仲満のような箱根に
関係無さそうな
人の供養塔が何故あるのか。
人の供養塔と仏像・仏塔はそれぞれ
何の目的で設置されたのだろうか。


これらは何れも鎌倉中期から南北朝中期までに建立されているが、
当時の文化的・精神的風潮の結果と思うが、その明確な説明は有りませんでした。
その疑問を抱え「元箱根石仏石塔保存記念館」に寄っていたら疑問が解消したかもしれないと思いながら、
私達は鎌倉古道から江戸時代の箱根旧街道へと進路を取りました。




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# by dojyou38 | 2017-11-27 08:33 | 登山 | Comments(6)
2017年 11月 23日

元箱根散策

元箱根港から見た富士

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箱根に残る鎌倉時代の古道を歩きました。

序でに、元箱根周辺を少し散策しましたが、
青空高く聳え立ち からだに雪の着物を着て・・・
富士の絶景に出会えました。

先ず最初に箱根神社に参拝しました。
箱根神社は頼朝が篤く崇拝していたと言うことで、
武家の崇敬を集め徳川幕府も篤く保護したので
関東総鎮守と言われています。
(他にも関東総鎮守と言われている神社がある)

平日でしたが絶好の行楽日和で外国人など
多くの参詣者で賑わっていました。


             旧国道1号を跨ぐ箱根神社の大鳥居と紅葉
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箱根神社を参拝して端正な富士を眺めながら
芦ノ湖畔を巡りましたが、遊覧船乗り場では
観光客の多くは外国人で日本語より
外国語の方が多く聞こえました。

湖畔から国道1号を渡り旧東海道の杉並木に
入り関所跡へ向いましが、ここまで来ると
人通りも少なく静かに散策が楽しめた。

「昼なお暗き杉並木」と唄われ樹齢400年の
巨杉が約500m続いています。
元々は現在の3倍の長さがあったようですが、
明治時代国道建設費用の一部として
伐採売却されたそうです。


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杉並木から恩賜公園展望台に出て再び富士の
絶景を堪能し、関所跡へ廻りました。

ここは背後に屏風山、前に芦ノ湖があり、
街道の人や物の出入り取締りの要衝だった。
特に「出女」を厳しく取締ったんでしょう。

奉公人「お玉」が関所破り処刑され「お玉ヶ池」の
名に取締りの厳しさを今に留めています。

15:00 早めに観光を切り上げ小田原行きの
バスに乗りましたが、平日なのに渋滞で
小涌谷付近から動きません。宮ノ下から
動き出しましたが、塔ノ沢からも大渋滞。

湯元で下車して温泉で疲れを癒すつもりが、予定していた日帰り湯が
定休日などで時間もなくなったので温泉を諦めました。
16:30 湯元から電車で帰途に着きました。温泉には入れなかったが、
今日のハイキングではまたとない素晴らしい富士に出会えたのでそれだけで大満足しました。


                    箱根恩賜公園から眺めた冨士山
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# by dojyou38 | 2017-11-23 20:05 | アウトドアー | Comments(10)