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2010年 04月 26日

熊本:三ノ岳~ニノ岳縦走(4/25)

寒さが苦手な私は3月になったら、
九州100名山走破へ向けての登山を再開しようと思っていた。

だが今年は地中海クルーズや他の都合が入ったり天候不順も重なったりして、
今日ようやく昨年積み残していた九州100名山の一つ『ニノ岳』に登ることが出来た。

当日は他の予定も無く、天候もまずまずなので前日になって山行きを決めた。
足弱な連れ合いを同伴するので可能なルートとして、
三岳観音社下の駐車場から三ノ岳~二ノ岳の往復を選んだ。

歩行距離 5Km余、累積標高差合計約810m。


植木方面から見た三ノ岳
d0124388_22491196.jpg


d0124388_2252594.jpg三岳観音社と電波塔

私の車にはナビがない。
植木ICから三岳観音を目指したが辿り着くのに一苦労。

観音下の駐車場に(620m)着いたのは予定より
20分遅れの10時20分。





d0124388_23101816.jpg三ノ岳より二ノ岳を見る

駐車場から三岳観音に
お参りした後、三ノ岳山頂(681m)へ。

山頂からは昨年登った
小岱山や八方ヶ岳などを
望むことが出来ました。

二ノ岳(685m)へは一度
林道(511m)まで
下りなければなりません。

d0124388_1032152.jpg二ノ岳より三ノ岳を観る

三ノ岳後ろの山陰は
  八方ヶ岳

三ノ岳から二ノ岳までは
通常50分のところ、
途中わらびを取りながら
80分も掛け山頂に着く。





d0124388_10363562.jpg安政時代の植林碑

三ノ岳山頂直下に
安政5年正月と
刻まれた植林碑がある。

内容は
 杉 21,350本
 桧 20,500本

山に登って、江戸期の植林碑を観るのは初めてでした。


d0124388_10575074.jpg山頂より普賢岳を望む 


普賢岳も昨年登った。
他にも登頂したことが有る
多良岳、小岱山など
360度の眺望が素晴らしい。







草枕温泉から三ノ岳(左)、二ノ岳を望む
d0124388_111635.jpg


天水から見る三ノ岳~二ノ岳の稜線はなだらかに見えるが、
実際登ってみるとかなりな急登・急坂の連続であった。

ここは照葉樹林帯ですがヤブツバキも殆んど終わっており、花を楽しむことは出来なかったが
自然林の若芽が織り成す緑のグラデュエーションが素晴らしかった。
下山後、漱石の「草枕」で有名な天水温泉で疲れを癒して帰路に着いた。


by dojyou38 | 2010-04-26 17:40 | 登山 | Comments(4)
2010年 04月 23日

ホームグランド : 叶岳 (341m)

叶岳は私のホームグランドであり、ホームベースだ。
リタイアーを前に里山歩きを始めたのがこの山です。
自宅から直線で 5 Kmのところに有り、毎日眺めています。

この山からは高地山(419m)、高祖山(416m)、そして飯盛山(382m)への
縦走コースがあり、山歩きのルートも幾種類も有ます。

普段は叶嶽宮前から叶岳までの往復約70分で済ますが、
気分によって他の山へ縦走を試みることも。



我が家から見る 叶 岳(左:高地山、右:高祖山)
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叶岳 登山マップ (山と渓谷社:「福岡県の山」から転載)
d0124388_13145736.jpg
登山口は地図の朱線以外に叶岳 東側の野方方面や
高祖山西側の高祖神社方面などたくさんあります。
また、高地山から南へ足を延ばすと飯盛山に至ります。


d0124388_13483670.jpg誓願成就の鳥居

頂上近くに勝軍地蔵が祀られている叶嶽神社があり、
願いが叶うと参拝者が多い。

そのため、誓願成就の鳥居が登山口から手洗い場付近までの参道に林立している。





d0124388_142482.jpg整備された登山道

登山口から山頂までの標高差は300mほどであるが、九合目付近までは急坂が多い。

だが、叶嶽神社詣でをする人のために、
登山道は地域の人によってよく整備され、
清掃も行き届いている。










展望台(中腹)から今津方面を見る
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山頂より飯盛山を望む(背後のピラミッダルな峰は背振山
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叶岳を始め、高祖山や飯盛山も山頂は自然林が生茂っているので、
どの山頂も広角度な眺望を望むことは出来ない。
その反面、木陰が多く強い日差しに晒されること無く、夏でも快適に登れる。

また気楽に登れる山であるが、近くに福岡県の野外活動センターがあり、
山中にはオリエンテーリングのコースも併設されているので、
様々な登山コースを選び楽しむことが出来る山です。

私も様々なルートを試してみたが、未だ飯盛山への縦走は未経験、
近いうちに試みたいと思っています。



by dojyou38 | 2010-04-23 11:16 | 登山 | Comments(6)
2010年 04月 19日

多久聖廟 : 釈菜(せきさい)

佐賀県・多久市に孔子を祀る「多久聖廟」なるものがあります。
孔子を祀る聖廟は全国各地にありますが、
多久聖廟は足利学校、閑谷学校と共に日本三大聖廟といわれています。

4月18日、その聖廟で孔子を偲ぶ中国式祭典「釈菜」があり、見学しました。


釈菜の舞
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当日は地元中学生による釈菜の舞の他、趙勇氏による楊琴の演奏、
小学生による「孔子の里・腰鼓」などが披露された。

d0124388_9442614.jpg四配の像 
右から
 顔子、曾子、子思子、孟子

以前から孔子の
四大後継者・四配の像が
孔子と共に聖廟に
祀られていたが、
今年新しく作り直された、




d0124388_1025131.jpg釈菜の儀




市職員が扮する伶人の
雅楽演奏のなかで、
献官・祭官によって
孔子と四配の像に
供物が供えられた。



d0124388_10131128.jpg退出する献官・祭官と
  出番を待つ中学生







市長が献官を、
市会議長など多久市の
幹部が祭官を勤めていた


多久聖廟は多久の領主(佐賀鍋島藩の被官)・多久茂文によって
1708年に領民の心のよりどころとして建てられたとのこと。
以来、300年にわたって毎年春と秋に孔子と四配を祀る行事「釈菜」を続けているそうです。

私も「論語読みの論語知らず」ですが、
江戸時代以降儒教・論語は日本人の生き方の大事な指針だったようです。

そのせいかどうかは知りませんが、明治維新前後に来日した外国人が驚くほど、
日本人は倫理観と人情豊かな慎ましやかな人としての品性をそなえていたそうです。
そして、それは戦争に負けるまでは受け継がれていたんでしょうね。
 
現在でも聖堂だけは全国に100以上残っているそうですが、
孔子・儒教の精神・教えはどこへ飛んで行って仕舞ったんでしょうね。



by dojyou38 | 2010-04-19 21:29 | 街並みウォッチング | Comments(8)
2010年 04月 15日

パリに咲いた古伊万里の華

『パリに咲いた古伊万里の華』と言う陶磁器の展覧会が九州国立博物館で開かれています。
阿修羅展のような人気も無いので、駐車場から入場まですいすい行けました。

それでも、展示室には見学者が滞留し、それなりに混んでいましたが、
見学に来ているのは殆んど私たちのような熟年・高齢者でした。


展示室エントランス
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ヨーロッパで金属装飾された伊万里の陶磁器
d0124388_20241929.jpg伊万里焼もこのように
金ぴかの装飾が付けられると日本で江戸期に作られたものとは
 思えません。 


オランダの東インド会 社が独占的に
ヨーロッパと伊万里を橋渡ししたと言う。








d0124388_20244035.jpg色絵
 花鳥文蓋付大鉢


蓋を持ち上げた
金属の欄間から
芳香が漂う 
ポプリ入れとして
    利用された


これらの多くは当時の
ヨーロッパ王侯貴族からの注文生産と言う。
デザインも含めて、


 (写真は何れも
 ポスターから転載)



パリに咲いた古伊万里とありましたが、
有田で作られたものが伊万里港から輸出したからその名が付いたそうです。

この陶磁器の原点は秀吉の朝鮮戦争、
朝鮮の陶工を根こそぎ日本に連れてきたことに始まっています。

朝鮮の技術に当時パリなどでもてはやされていた明朝中国の景徳鎮の
技術をも取り入れてレベルアップしていったようです。

やがて、中国の国内事情から景徳鎮が輸出できなくなると、
一気に日本・伊万里に注文が増えて行ったそうです。

パリなどのセレブの間ではこれら陶磁器を食器としてだけではなく、
部屋を飾るインテリアとして重宝したとありました。
そのため、注文し輸入された焼き物にパリなどで豪華・絢爛の金属装飾を施しました。

また、伊万里の精巧な技術はドイツ・マイセンに大きな影響を与えたようです。
1670年頃から本格的輸出が始まったが、
再び中国・景徳鎮の輸出が再開されるようになり、
1760年頃には伊万里の輸出は下火になったそうです。

この展覧会を通じて朝鮮の作陶技術が日本へ、日本からドイツ・マイセンへ。
その間に中国・景徳鎮とも影響しあったことに大変興味深く思いました。


by dojyou38 | 2010-04-15 17:05 | 街並みウォッチング | Comments(2)
2010年 04月 10日

ヤマザクラの石割岳

私たちの山仲間の1人が手術を受け療養中でした。
術後6ヶ月が経過、体力も順調に回復したので低山から山歩きを始めることにした。
丁度、ヤマザクラのシーズンなので星野村の石割岳を復帰記念の登山に選んだ。

石割岳は黒木町と星野村の境界に有り、標高942mのそこそこの高さだが
標高600mまでヤマザクラ観賞の道路が整備されている。
病後のテストトライアルには危険なところも無くちょうど良い山でした。


駐車場から見た石割岳
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d0124388_18161841.jpg石畳の登山道

中腹から上は
 山の名に相応しく
 石畳の道が続く。









d0124388_18211526.jpg山頂より釈迦岳方面を望む

山頂は南に大きく開け、
遠くに釈迦岳・御前岳を
遠望する。

当日は春霞に霞んでいた。







d0124388_20324170.jpg杉の美林

下山道で出会った杉林、
よく手が入っていた。

先日の自然観察会で
学んだことだが、
植林時に密植するのは木が
曲がらないようにする為とか。

その後、間伐する。



林道付近のヤマザクラ
d0124388_20452668.jpg
 
この石割岳のヤマザクラには由来があり、
戦国時代 領主間の境界争いが原因で境界にヤマザクラを植えたのが始まりという。
それを観光資源にするため最近 地域で整備しているようです。

中腹以下は満開でしたが、上のほうは未だ2~3部咲き。
この時期 山はミツマタ・アセビ・ヤマブキなどが登山客を楽しませてくれます。
また、シャクナゲやツツジも蕾を膨らませ開花を窺がっているようでした。

この日の登山は友人の快気後の初登山でしたが、
しっかりとした足取りで無事下山できました。
これで、これから一緒に山歩きが出来ると、参加者皆で喜びあいました。


by dojyou38 | 2010-04-10 15:38 | 登山 | Comments(8)
2010年 04月 09日

和田 完投、15K

昨日、久しぶりにヤフードームへ
応援に行くと良く負けるので、嫌な予感的中か?
和田 第 1 球目に 2 塁打被弾し、あっという間に先取点を贈呈。

出だしの悪いのは何時もの和田だが、
この日は尻上がりに調子を上げ、要所を締めるだけでなく、
三振の山を築き自己最多の 15 Kで完投。

トップを走るロッテを相手に3本のホームランなど投打がかみ合い快勝!!!


ビクトリーフラッグを降って応援しよう !
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今日はホークスのファン全員に応援フラッグが配られた。
和田も出足こそ何時もの通りだったが、その応援に応え快刀乱麻の力投・完投

d0124388_16465799.jpg川崎、
セイフティバンド












d0124388_16492694.jpg勝利を呼ぶ
  黄色い風船


恒例・7 回
攻撃前の風船








d0124388_16592244.jpg試合終了

終わってみれば、
3Hを含む11安打、
9 :1 の快勝

まさかの松中の
 盗塁など、
 面白い試合だった。



d0124388_21121439.jpgインタビューを
  受ける和田












本当に久しぶり、今年初めてのドームだった。
快勝したが、ウイークデイと言うこともあって観客が少ないように思った。
昨年、一昨年の方がウイークデイでももっと賑やかだった。   不景気のせいかな~

それから、ドームに掲げられている広告看板 随分と入れ替わっていた。
相対的に大企業の名が少なくなったようだ。
その代わり、知らない企業名がたくさんあった。  栄枯盛衰か!

今まで観戦すると負けることが多かったが今日は快勝した面白い試合だった。
また、機会をみていってみようと思う。


by dojyou38 | 2010-04-09 13:57 | 街並みウォッチング | Comments(2)
2010年 04月 04日

飯盛山自然観察ウォーク

今年 1 月以来の山歩き。
先日の肉離れもあり、登山の足慣らしに自然観察ウォーキングに参加。

登山していても、木や花の名前を殆んど知らない。
教えてもらっても直ぐ忘れてしまう。

今日のウォークには33名参加していたが、地域のボランティアの説明を聞きながら
昼食時間も含め5時間30分、里山を歩いた。 15,230歩

草花・樹木・動物・歴史などそれぞれ担当のボランティアから丁寧に教えてもらったが、
聞く端から忘れると言うか、覚えられません。 でも大変勉強になりました。


飯盛山の王桜(ヤマザクラ)
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飯盛山(382m)の中腹にあり、幹周 1.8m、 樹齢100年と言われている。


d0124388_13393513.jpg自然観察ウォーク

毎年2回行われているが
   私は初めて。

33名が9時に
 飯盛神社境内に集合。

境内には市指定の
保存樹木が28本あります。

地上1.5mの幹周が1.5m以上の大木が指定されてりる。


d0124388_1452175.jpg ムサシアブミ
  とマムシグサ(次の写真)

境内から中宮を目指して
  参道を登ります。

両側に植生豊かに様々な
 樹木や山野草があります。

私には同じに見える植物も
僅かな違いで名前が変わる。


d0124388_14165465.jpg私は上もマムシグサと思っていましたが、ムサシアブミだそうです。

鐙に似た花芽は全てマムシグサと思っていたと言うより、
種類の違うものがあるのを
  知らなかった。

葉の形が違いますね。
両方ともサトイモの親戚。
ミズバショウも親戚です。


d0124388_15175169.jpg真竹と孟宗竹(右)

なんとなく孟宗は右と思うが、
決定的な違いは節だそうです。

節が2段になっているのが
  真竹です。

真竹にも孟宗に負けないくらい
太いのも有るそうです。




d0124388_15395986.jpgフクロウが巣立った洞

この洞があるヤマモモは
件指定の天然記念物。
 (写真 ↓)

胸高幹周4m、樹高14m、
樹齢300数十年と言う。

この洞で平成16年
2羽のフクロウが巣立ったと、
ボランティアを勤めた
この木の所有者が
                                           語っていました。


県指定天然記念物のヤマモモ(飯盛山の裾野・金武地区)
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5時間余り里山を巡りながら、それは多くの草木の説明を受けました。
写真を撮ったり、メモをしながら覚えようとしましたが、殆んど覚えていません。

それでも本などで調べるより、現物を見ながら名前の由来などを一緒に聞くと
いくつかは記憶に残りました。

動植物の中には食することが出来るものがある反面、
危険なもの(毒草・毒虫などなど)もあります。

そう言うことなどを立体的にダイナミックに説明を受けると興味が沸きますね。
そして、そんな知識が深まれば山歩きの楽しみ・興味も増えると思いました。

それにしても、王桜(ヤマザクラ)や金武のヤマモモなど
樹齢何百年と言う大木、それだけで存在感ありますね。
何も言わないけれど周囲を圧していました。 そして、ただ見あげるばかりでした。



by dojyou38 | 2010-04-04 17:48 | アウトドアー | Comments(6)
2010年 04月 02日

さくら・さくら・さくら

今年は例年より桜の開花が全国的に早かった。
福岡は全国で2番目。 3月14日

毎年、何回も花より団子・アルコールの観桜会に出ていますが、
どの花見も大人数で遣るので日程を半年も前に決めている。

毎年、開花が早まっているので今年は何れの観桜会も例年よりは早く設定していた。
だが、こんなに早く開花したのでは今年も名残のさくらか、葉桜かと、
思っていましたが、思わぬ花冷えで私たちの観桜会も GOOD TIMING。

こんなに長く満開の桜を楽しめたのは近年無いだろう。
温暖化が続けば来年からも・・・


愛宕神社参道 (3月29日)
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暮沼まみ(2010年度アサヒビールイメージガール)と (3月30日)
d0124388_11504531.jpg福岡アサヒ会
1382回例会(観桜会)
 会場で。

アサヒ会は毎年
アサヒビール博多工場の中庭で観桜会を
しています。

今年は約300名出席、
ゲストとして
 暮沼さんが参加。



城址公園より今日の観桜会会場を望む (4月2日)
d0124388_22463832.jpg

d0124388_22502345.jpg花いかだに
 名残の桜



福岡城堀端で












d0124388_2254498.jpg観桜会


花を見るひま
  あったのだろうか










会場より城址公園を望む
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今年は本当に長く桜を楽しめた。
今日も、福岡城址の桜は先日の花散らしの雨でかなり散っていたが、
まだ まだ十分楽しめるだけの花が残っていた。

お城の濠には花いかだがたくさん出来、
その中に名残の桜が影を落としていたのが印象的だった。

観桜会会場・超高層ビルからは城址公園がピンクに縁取りされ、
あちこちにブルーシートが敷かれ花見の宴が始まっていました。


by dojyou38 | 2010-04-02 11:13 | 地域活動 | Comments(6)